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【イベントレポート】中外製薬のDX推進 ―デジタル推進担当役員が語る、戦略を実行に移したデジタル組織創りの裏側とは?―

業態変革・DX

23,000名(※2023年10月末時点)のプロの経験・知見を複数の企業でシェアし、経営課題を解決するプロシェアリングサービスを運営する当社では、毎月10回程度のウェビナーを開催しております。

2021/09/09回では、DX推進が急務となり、日々挑戦を続けるDX推進室・経営企画室の皆様に向けて
中外製薬で現役のDX責任者として推進体制を再構築し、2年で同社のDXを大きく前進させた志済氏に、自身の過去の経験も活かしながら非IT企業のDX推進を進める上で大切にしているポイントをご紹介いただきました。
「DX推進責任者に任命され戦略はつくったが、実行フェーズで立ち往生している」
「デジタル人材を採用したいが全くうまくいかず、描いた社内体制を構築できず悩んでいる」
こうしたお悩みを持つご担当者様はぜひご覧ください。

当日参加できなかった方、もう一度内容を振り返りたい方のために内容をまとめましたので、ご参考になれば幸いです。

志済 聡子氏

志済 聡子氏

中外製薬株式会社 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長
1986年 日本アイ・ビー・エム株式会社入社。執行役員として公共・官公庁事業、セキュリティー事業本部長等を歴任。 2019年中外製薬株式会社に入社し執行役員デジタル・IT統轄部門長として、社内IT全般ならびにDXの推進を担当。2022年より執行役員デジタルトランスフォーメーションユニット長。

鈴木 亮裕氏

鈴木 亮裕氏

株式会社サーキュレーション パートナー
NTT東日本、中国での起業、組織人事コンサルティングファームを経て2015年創業期のサーキュレーションに参画。トップコンサルタントとしてIT領域を開拓後に執行役員に就任。その後、組織急拡大期に人事部長として人事制度設計の再構築を主導、インサイドセールスと大企業のオープンイノベーションを推進する機能を持つビジネスデベロップメント部を管掌した後、2022年8月よりエキスパート職として、エンタープライズ企業向けコンサルティングのパートナー職を担う。

新井 みゆ

新井 みゆ

イベント企画・記事編集
新卒で入社した信託銀行では資産管理業務・法人営業・ファンド組成の企画業務に従事。「知のめぐりを良くする」というサーキュレーションのミッションに共感し参画。約1500名のプロ人材の経験知見のアセスメント経験を活かし、サービスブランディング、イベント企画等オンライン/オフラインを融合させた各種マーケティング業務を推進。

※プロフィール情報は2022/4/19時点のものになります。

DX戦略実行で役員が担うミッションとは?

経営陣の意思決定の有無がDXの成功率を大きく左右する

日本企業がこぞって取り組みを進めているDX。デジタルを活用することによって、企業は新たな価値創造までを求められているが、その成功確率はあまりにも低い。実際、DX成功に至った企業はわずか7%とされており、1割にも満たない。

何が成功と失敗の分かれ目となるのか。一つの要因として考えられるのが、デジタル知見を有した経営陣による意思決定の有無だ。まずは何を置いても、企業のトップ自身が「DXを推進する」という確固たる意思を持って舵取りをしなければ、DX推進という未知の道のりは、歩んでいけない。

デジタル・IT領域担当役員のミッションは多岐にわたる

視点をDX推進取り組みの現場に移してみても、課題は山積みされている。まず、デジタル・IT領域担当役員のミッションは非常に範囲が広い。以下に挙げるようなCDO、CIO、CTOといった最高責任者たちが、技術活用と情報システムの最適化、経営の変革、それらに伴う戦略の意思決定と推進のためのエンジニア採用、教育を行わなければならない。

経済産業省選定のDX銘柄2021における中外製薬

トップから現場まで、社内一丸となって取り組むべきDX。この先駆者として、東証上場企業の中から2年連続でDX銘柄に選定されているのが、中外製薬株式会社だ。

製薬分野において、DXはどのような体制で推進されたのか。また、成功の要因ともされる「トップの意思決定」は、中外製薬においてどのようなものだったのか。
これらの点について、実際にDXの中心となって中外製薬に変革をもたらした、志済氏にお話を伺った。

中外製薬DX2030の全体像とロードマップ

会長の強い意思を受けてミッションを始動した志済氏

志済氏は日本IBM出身で、30年以上にもわたって営業分野で活躍してきた人物だ。中外製薬の執行役員として入社したのは2019年の5月。わずか2年半という短期間で、DXを大きく推進した。

志済氏は、果たしてどのようなミッションを持って中外製薬にジョインしたのか。当時、中外製薬の小坂会長が求めたのは、「デジタルを使った本気の改革」と「創薬における新たなイノベーションの創出」だった。

鈴木:非常に壮大なミッションを持ってジョインされたそうですが、どのようなエピソードがあったのでしょうか?

志済:とにかくデジタルを活用していきたいということだったので、「デジタルで何をやりたいんですか」と聞いたんです。すると、非常にクリアな答えが返ってきました。一つは、コア事業である「創薬」において、AIを活用したいということ。もう一つは、創薬のために必要な投資を最適化するための、事業の抜本的効率化です。
この2つは、私にとって大きなヒントでした。

鈴木:トップの覚悟が、この段階で強く感じられますね。

【全体像】3つの戦略を実現し「革新的なサービスの提供」を目指す

会長の強い思いを受けて志済氏が描いたのが、以下のような中外製薬DX2030の全体像だ。大きく3つの戦略によって構築されている。

志済:青い部分にあるように、AI、あるいはゲノムの診断、デジタルバイオマーカーといったデジタル技術を駆使して、研究と早期開発の成功確率を上げるというのが1つ目の戦略です。同時に、投資を最適化するためにバリューチェーンの効率化も行うというのが2つ目。さらに、オレンジの部分が3つ目の戦略で、ここでは実際のIT基盤だけではなく、社員のリテラシーや組織風土を含めたデジタル基盤の強化を行うとしました。
これら3つの戦略を実現したあかつきに、一番上の「革新的なサービスの提供」を行う。これらを全社で回していくという全体像を描きました。

【ロードマップ】2030を目標にあらゆる政策を同時進行で行う

鈴木:全体像を構築した上で、志済さんはロードマップも作成されています。ステップ論があるかと思うのですが、大きくはどのような方針になっているのでしょうか?

志済:2030年にトップイノベーターになっていくために、今できることからどんどん進めていく形にしています。フェーズ1にあたる2020年から現在に至るまでは、手始めにデジタル基盤の構築と社員の意識改革、文化醸成をスタート。同時に、バリューチェーンの効率化も社内で「やりたい」と手を挙げてくれたところから支援も行い始めました。

【DX推進の成果1】創薬プロセスにおけるAI活用

まだまだフェーズ1、言ってみればDXの初期段階にあるといえる中外製薬だが、全ての戦略を同時進行で行うことで現時点でも実際の成果が出始めている。特に顕著なのが、創薬のためのAI活用だ。具体的には、抗体創薬のプロセスを、AIによって変革したという。

志済:当社の創薬の主流は、抗体薬品開発です。この抗体を創生していくプロセスにおいては、非常に多くの化合物やアミノ酸の配列を試し、標的となる分子に対してベストな抗体を発見しなければいけません。
そこに用いたのが機械学習です。膨大な組み合わせの中からどの配列が一番効果的なのか、候補を挙げるまでの時間は、AIの活用で大幅に短縮が可能です。特に、リード抗体というものを発見するために、マシンラーニングを積極的に活用しています。

内製と協働開発、それぞれの場面で実際に以下のような活用が行われている。

協働開発においては、AI技術を用いた論文のクラスタリング、ネットワーク解析が行われている点も興味深い。また、Preferred Networksとの協働においては、複数プロジェクトにおいてすでに成果が出ているという。

【DX推進の成果2】デジタルマーケティング

もう一つの成果事例としてご紹介したいのが、バリューチェーン効率化の文脈で行われている、デジタルマーケティングだ。データ収集から統合、分析、戦略立案、実行にいたるプロセスの全てにデジタルを用い、ソリューション提案にまで落とし込まれている。

志済:コロナ禍という状況において、製薬会社のMRと呼ばれる医療情報提供者、いわゆる営業部隊が、病院や医師への訪問に対して大きな制限を受けました。その中でも適切なタイミングで適切な情報を医療従事者にお届けしなければいけないということでスタートしたのが、デジタルマーケティングです。リモート会議やオウンドメディアなどを通して、医療従事者の方々がどんな情報を求めているのか、データとして収集していきました。さらにAIを活用してインサイトを分析し、MRにその内容をレコメンドするという形で、支援に取り組んでいます。

中外製薬のDXを前進させているデジタル推進体制とは?

各事業部の本部長全員が参画する「デジタル戦略委員会」が大きな存在

非常にロジカルに、適切な形でDXを推進しているように見える中外製薬。気になるのはデジタル推進体制だが、構成員は以下のような構造になっているという。

この中で、重要な意思決定を行う委員会の一つとして据えられたのが、デジタル戦略委員会だ。

志済:まず、デジタル戦略委員会には全ての本部長が参加し、デジタル・IT計画やその進捗の共有、個別プロジェクトの事例紹介を行います。また、一定金額以上のデジタル投資の審議、採決の議決権も持っている委員会です。「トップや部門長が集まる委員会」であることが非常に重要で、DXのさまざまな政策の浸透にとって、一番大きな役割を果たすと考えています。
デジタルリーダー会は部長クラスによって構成されています。ITやデジタルの経験を持つ部長クラスにリーダーとなってもらい、デジタル戦略推進部と一緒にリーダー会を開催。そこではデジタル戦略委員会よりもさらに細かいポートフォリオの管理や予算の確認などを可視化して、モニタリングしていきます。これらが実行組織として機能しているため、各本部との連携が上手くいっているのだと思います。

経営判断による最適なリソース分配があって初めて体制構築ができる

上記の推進体制を踏まえて、志済氏が考えるデジタル組織を組成する際の3つのポイントについて教えていただいた。その中で最も重要ともいえるのが、トップマネジメントのコミットメント。すなわち、デジタル推進に経営リソースを割いてもらえるかどうか、という点だ。

志済:やはり企業の成長戦略の一つのキードライバーとしてDXを明確に発信していること、そして人材の採用や予算に関する枠に投資をしていることは非常に重要ですし、私にとっては最大の支援です。
2つ目については、デジタル戦略推進部を創るにあたって、ITだけではなくマーケティングやブランディングなど、さまざまな要素が必要だったので、不足している人材を外部から積極的に採用しました。スタート時に比べると、推進に関わるメンバーは倍になっています。
3つ目の全社ごとにするという意味では、先ほども申し上げたようにデジタル戦略委員会やリーダー会をしっかり回していくことです。これによって、各部門の成果を社内に発信するような体制がしっかり作れたと思います。

「DX戦略」で終わらせないデジタル推進3つのポイント

いかに緻密な戦略を作り上げたとしても、実際にDXを推進するとなるとさまざまな壁にも直面する。ここからは、どんな企業でも陥りがちな、3つのトラップについて一つずつ解説していただいた。

【Trap1】部門によってやる気に差があり、足並みが揃わず施策が実行できない

1つ目のトラップは、DXに限らずどんな全社プロジェクトでも直面しやすい内容だといえる。強固な推進体制を固めても、全部門が当事者意識を持って取り組んでくれるわけではないからだ。これは、大企業であればあるほど陥りやすい状態だろう。
この点については、「変革をしたいと手を挙げてくれる部署と一緒に成功事例を作ること」と志済氏。

志済:デジタル化という機会をチャンスと捉えて、自分の部門を変革していきたい部署もあるわけです。そういう部署と本部が一体となってDXを推進し、実際にプロジェクトをスタートします。一つ成功事例ができると、「じゃあうちも」という声が少しずつ上がってきますし、当社ではこれがスタートとして良いやり方だったのかなと思います。

鈴木:デジタル部隊が全体のハブとなりながら、各事業部の温度感や現状を正しく理解し、その中からモデルケースを作り伝播させていくということですね。

【Trap2】データサイエンティストなどデジタル人財を採用できない

鈴木:デジタル人財の採用については、本当に各社が悩まれているポイントだと思います。中外製薬様ではウェビナーを活用したりYouTubeで発信をしたりとさまざまなお取り組みをされているようですね。

志済:社長はデジタル人財をどんどん採用していいと言うのですが、中外製薬がデジタルで何をやっているのかわからなければ、データサイエンティストの方に来てもらえないですよね。だから逆に、中外製薬がDXを進めている会社なのだと発信しなければいけないだろうと考えました。研究本部のデータサイエンティストの仕事も、noteなどでどんどん露出しています。

【Trap3】ベンダーからなかなか良い提案が上がってこない

3つ目のトラップが、ベンダーコントロールにまつわる部分だ。ここに関しては、ベンダー出身である志済氏ならではの戦略がある。

志済:ベンダーの立場からすると、自分たちのソリューションは価値の高いものであるとお客さんが発信してくれたらうれしいんですよね。そこで私は例えば、Amazonさんやモバイルワークスさんと一緒に取り組んだ事例を、「中外デジタル」という文脈であえてプレスリリースしました。
中外製薬がデジタル技術を使って画期的な取り組みをしているという発信が、会社としてのプレゼンスやブランディングになりますし、ベンダーからもいろいろな提案をしてもらえるようになります。ベンダーとのWin-Winの関係を作るというのが、プレスリリースの狙いですね。

【まとめ】成功事例を積み重ねながら社内外への発信力を強めることが重要

最後に、ここまでご紹介してきたトラップの内容を簡単以下のようにまとめた。
まずはスモールステップで一歩ずつ着実に実績を作ることと、自社がDXによって目指すことや実際の社内の取り組みをベンダーも巻き込んで発信することが、DX推進の大きな力になるのだといえる。

中外製薬のDX推進まとめ

今回のウェビナーのポイントを、「すぐに取り組んでいただきたいこと」として以下の3点にまとめた。

今回ご紹介したウェビナーで使用した資料は、未公開部分も含め以下のリンクからDLできます。中外製薬のDX推進にご興味を持たれた方は、ぜひご活用ください。

【無料ホワイトペーパー】
中外製薬のDX推進 ―デジタル推進担当役員が語る、戦略を実行に移したデジタル組織創りの裏側とは?―
本ホワイトペーパーは、2021年9月9日に開催したウェビナー資料のダイジェスト版となります。DX推進が急務である中、なかなか戦略を実行できず停滞してしまっている企業様に向けて、2年連続でDX銘柄にも選定された中外製薬のDX推進をもとに、非IT企業におけるDX推進の秘訣をご紹介しています。