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【イベントレポート】三陽商会EC事業責任者が語るOMO事例 ―10の施策を大公開、老舗企業のDX推進施策ベスト3とは?―

D2C・EC強化

23,000名(※2023年10月末時点)のプロの経験・知見を複数の企業でシェアし、経営課題を解決するプロシェアリングサービスを運営する当社では、毎月10回程度のウェビナーを開催しております。

2021年6月24日は、OMO推進を検討する経営者、マーケティング責任者の皆様に向けて
三陽商会でEC事業の責任者を務める安藤氏に、2015~2020年にかけて実施した10の施策の事例について、
失敗経験も踏まえお勧めしたい施策のランキングという形でご紹介いただきました。
「顧客起点のマーケティングに舵をきるためにOMO施策を検討しているが、経営インパクトを考えた時に何から着手すべきか決めきれない」
こうしたお悩みを持つご担当者様はぜひご覧ください。

当日参加できなかった方、もう一度内容を振り返りたい方のために内容をまとめましたので、ご参考になれば幸いです。

安藤 裕樹氏

安藤 裕樹氏

株式会社三陽商会 デジタルマーケティング戦略本部副本部長兼ウェブビジネス部長
1992年に新卒で三陽商会に入社後、営業・MD・店舗運営など、多岐に渡る業務を経験。2001年に同社を退職後、さまざまなアパレル企業でMD/ディレクター業務に従事。2006年からEC事業に携わり、大手通販会社やモール運営会社において、EC部門の責任者を歴任した後、2016年より三陽商会に復帰。同社内でOMOやDXを推進中。

鈴木 亮裕氏

鈴木 亮裕氏

株式会社サーキュレーション パートナー
NTT東日本、中国での起業、組織人事コンサルティングファームを経て2015年創業期のサーキュレーションに参画。トップコンサルタントとしてIT領域を開拓後に執行役員に就任。その後、組織急拡大期に人事部長として人事制度設計の再構築を主導、インサイドセールスと大企業のオープンイノベーションを推進する機能を持つビジネスデベロップメント部を管掌した後、2022年8月よりエキスパート職として、エンタープライズ企業向けコンサルティングのパートナー職を担う。

新井 みゆ

新井 みゆ

イベント企画・記事編集
新卒で入社した信託銀行では資産管理業務・法人営業・ファンド組成の企画業務に従事。「知のめぐりを良くする」というサーキュレーションのミッションに共感し参画。約1500名のプロ人材の経験知見のアセスメント経験を活かし、サービスブランディング、イベント企画等オンライン/オフラインを融合させた各種マーケティング業務を推進。

※プロフィール情報は2021/6/24時点のものになります。

これからのビジネスに欠かせないOMOの考え方と市場規模

OMOとはオンラインとオフラインを融合させ、CXの最大化を狙うもの

インターネットやスマホの普及に伴い、大きく変化してきた顧客の価値観。その中で注目されているのがOMO(Online Merges with Offline)という考え方だ。OMOとは、「オンラインとオフラインの融合」のこと。マーケティング戦略においてOMOは、オフラインとオフライン、両者のデータを最大限活用してオムニチャネルを行い、顧客視点でのCX最大化を狙うものだと定義されている。

「顧客起点」がO2Oやオムニチャネルとの最大の違い

マーケティングの世界にはOMOと似た概念にO2O(Online to Offline)やオムニチャネルなどが存在するが、まずO2Oが示すのは文字通りオンラインからオフラインへの送客の最適化や、そのための販売促進施策だ。オムニチャネルは、実店舗に限らないあらゆる商品の流通経路の最適化を指す。
つまりO2Oは「集客手段」であり、オムニチャネルは「商品視点」の考え方であると言える。これに対し、OMOが起点とするのは「顧客視点」であるという点が、両者との大きな違いだ。

アフターコロナ以降もOMO市場の成長は続く

顧客視点でデータを起点としながら、いかにしてCXを最大化させるか――現代の顧客の価値観に即した高度な顧客体験を提供しようとするOMOは実際の市場を見ても大きな伸びしろがある。例えばオムニチャネルコマース市場規模の予測を見ると、2025年には80兆円規模にまで成長することが予想されている。

では、既存の企業が新たにOMO思考のマーケティングを推進・成功させるにはどうすればいいのか。今回は実際の事例に基づいて、ポイントとなる部分を探っていく。

【事例】三陽商会の10の施策で振り返るOMO推進の軌跡

三陽商会は2021年4月にデジタルマーケティング本部を立ち上げ、DXの推進とWeb、とりわけEC事業の強化に取り組んでいる。安藤氏はその中心に立って、DX推進責任者を務める人物だ。
とはいえ、三陽商会のOMO推進の歴史は今に始まったことではなく、2015年にまで遡る。今回はこれまでに実施してきたという10の施策の中から、特に注目すべき5つの施策を中心にお話を伺った。

【店舗EC会員統合】「百貨店側とのwin-winの関係」を意識

最初に行われた施策が、2015~2016年頃に実施した店舗とECの会員統合だ。これまでは非常に限定的だった顧客情報の獲得や顧客への直接アプローチの推進が目的だったが、直営店はまだしも、百貨店へのメンバーシップ導入のハードルは高かっただろうことが予想される。
安藤氏はなぜ会員統合に踏み切り、どのように実施にまで至ったのだろうか。

安藤:我々三陽商会はアパレル企業で、ものづくりに関しては高く評価をいただいておりますし、我々も自負があります。一方で、お客様が求めているのは商品自体の価値に加え、それに付随する顧客体験、サービスです。ここが非常に重要なのですが、我々は商品に注力していたため、なかなか顧客のほうを向けていませんでした。今まではどうしても「売っておしまい」の状態だったで、我々が情報やお買い上げ後のサービスを提供したりするには、やはり顧客情報の取得が必要とされたのです。
その点で言うと、ECは顧客が会員登録をして購入するケースが圧倒的に多く、当時ECの顧客に関してはしっかりと情報が取れている状況でした。とはいえ、ECの売上比率はわずか5%ほど。圧倒的多数である店舗の売上に関して顧客情報が取得できない限りは、我々が提供したサービスは「商品だけ」になってしまいます。ここを突破するために、どうにか店舗もECと同様に会員化できないかという文脈になりました。

安藤氏は、販路として圧倒的多数を占める百貨店のインショップで会員制度を導入するにあたり、「百貨店側からは三陽商会が直接顧客情報を取得することに対するネガティブな反応もあった」と語る。

安藤:我々が「百貨店のお客様を自社だけに集めればいい」という考え方をしているとなかなか成功につながらないのですが、会員制度は百貨店への送客にもつながりますし、顧客に適正な商品のレコメンドができるようになれば、お互いwin-winの関係になります。三陽商会だけではなく、百貨店とお客様も含めた三者が会員制度を導入することでメリットを受けられるようにする形で折衝を重ね、さらに先行で導入が進んでいる店舗の事例も共有しながら推進していきました。

折衝に際してはECやデジタル部門だけではなく、百貨店の営業部隊やシステム部などの協力もあったという。

【AI店舗】ROIの達成や売上アップではなく「プロセス」のメリットを説いた

2つめにご紹介する施策は、2018年に実施されたAI店舗の導入だ。直営店を中心とした34店舗にAIカメラを導入し、導線分析やレイアウト変更に活用したという。
安藤氏はこの施策に踏み切った理由として、「厳しい状態の中では、店舗経営が上手くいかない理由を主観的に探すよりも、客観的な事実に基づいて施策を考える時間に回したほうが生産的」と述べる。

安藤:例えばこれまで数字を集計していなかった店舗がデータ分析をしようとすると、紙に「正の字」を書いて入店者数を集計することになります。これでは業務負荷が増えるだけですから、AI導入に踏み切りました。百貨店のインショップへのAI導入は会員制度以上に厳しかったので、まずは直営店を中心に効果検証することで、百貨店への導入も進めていきました。

鈴木: AIはROIや売上に直結する数字を見込んだり可視化が非常に大変な領域だと思うのですが、社内で決裁を通したり経営陣の合意形成を踏むためにどのようなプロセスで導入にまで行き着かせたのでしょうか。

安藤:AI店舗は導入によって「売上が上がる」という単純なものではなく、「どれだけ効率的な状況が生まれるか」という話です。もっと簡単に言えば、店舗やECに携わる人たちが施策を考える時間をどれだけ確保できるかが焦点になります。
例えばこれまでは週に1つの施策しか考えられなかったけれど、仮に10個考えられるようになり、そのうち3~5個は成功し、失敗した施策の失敗理由もわかるとなれば、次に考える施策はもっと精度が上がりますよね。そういうプロセスの重要性を説明しました。

【NPS導入】フリーワードまで分析して顧客の声を可視化

続いて、同年に実施されたのがNPS導入だ。NPSとはNet Promoter Scoreの略称で、顧客ロイヤリティを図る指標を指す。

鈴木:顧客の声をサービスに反映させる仕組みがほしいということで、定量的な項目だけではなく、フリーワード欄も分析対象として、顧客の声を回収する取り組みをされたそうですね。

安藤:NPSスコアの高い方は購入意欲が高く、実際に購買されていることも確認できましたが、実はスコアに現れない部分があるんです。例えばNPSは「企業を誰かにおすすめしますか」というスコアがあるのですが、ここに1や2を付ける方のフリーワード欄を見ると、「大好きだから他の人と被りたくない」とか「少し高い商品なので、人に勧めると自分が偉ぶっているように思われるのではないか」と書かれている。そういう要素があるのでアンケートデータの設計は細かく行い、我々にフィットする内容にしました。同時にフリーワード分析も人力で行っています。

鈴木:NPSの定量データだけではわからないフリーワードの分析が、ブランドとお客様の結びつき方を明確に可視化したんですね。

【開発組織の内製化】フェーズに応じた戦略的な買収・売却を実施

2019年に行われた施策が、開発組織の内製化だ。三陽商会はブランド独自の世界観をEC上で実現するという目的のため、EC支援企業手掛けるルビー・グループ株式会社を買収した。

安藤:三陽商会には開発機能がなかったため、外部パートナーだけに頼っていると開発スピードが遅れます。大きな基幹システムはまだしも、ECサイトはコンパクトな改修・立ち上げが必要なので、開発会社を買収することにしたんです。1年間で8サイトを立ち上げています。
我々としては「三陽商会」という大きな枠がありますが、お客様の中には「このブランドのファン」という方がいらっしゃいますから、その世界観をECで出すには、やはりブランド単位で完結して開発する仕組みが必要だと考え、施策を実施しました。

その一方で2021年に三陽商会は最終的にルビー社を売却し、以後は外部パートナーを活用して開発を進める方針を採っている。この方針転換について、安藤氏は「買収が間違っていたから売却したわけではない」と語る。

安藤:1年間で8サイトを立ち上げるには、買収というやり方しかなかったと思っています。ただ、ECのゴールはサイトを立ち上げることではありません。運営することだけを考えるのであれば外部パートナーとして任せておくだけでもいいですし、特に課題だったのが、エンジニアの管理や新しい技術のキャッチアップです。一企業の内製チームだけで最新の知見やノウハウをアップデートし続けるのは難しいと判断し、今後は外部パートナーやサーキュレーションさんが提供されているようなプロ人材を活用することにました。
逆に言えば、社内で絶対にやりたい業務の部分は中途も含めて人を採用していきます。「外か中か」と決めきるのではなく、いろいろな組み方をする中で、ECを今後推進していくためには内製化という選択肢でもなくて良い、と判断したのです。

内製化にも外部パートナーの活用にもそれぞれメリット・デメリットがあるからこそ、形にこだわらず目的遂行のための最適な組織形態を探っていった安藤氏。こうした柔軟な動きも、OMO推進には欠かせないのかもしれない。

【Web接客】店舗と同じ接客を目指した結果、1回100万円の売上を実現

最後にご紹介する施策が、コロナ禍で気軽にショッピングがしづらくなった状況を受けて、2020年にスタートしたWeb接客だ。

安藤:ここでやろうとしたのは、店舗で商品を見たいというニーズ、あるいは接客に期待がある中でのWeb接客です。実は我々のNPSスコアの中で評価が高いのは接客部分なのですが、ECだけでは当然補完しきれません。そこでWeb接客はよりパーソナルに、店舗と同じ接客をすることを目的に実施しています。
今の段階では多くのお客様にWeb接客を実施するのは難しいため、顧客を限定して実施したのですが、1回2時間かかる接客で100万円を売り上げるなど、普通では考えられないような成果が出ています。今後の課題は、1000人のスタッフを用意したときに同じ接客レベルを保てるかどうか、そして何人のお客様に接客できるかですね。

OMO推進で優先度を上げるべき3つの施策とは?

ここまで5つの施策を具体的にご紹介してきたが、冒頭でもご紹介したように三陽商会はこれまで大きく10の施策を実施している。そこで、その中から安藤氏がおすすめだと考える施策についてランキングを教えていただいた。
おすすめ度が最も高いのは、以下にあるように「店舗とECの会員統合」、「公式アプリ」、そして「NPS導入」だ。

公式アプリについては今回詳しい紹介はなかったが、安藤氏はこれら3つをおすすめする理由としてそれぞれの施策のつながりについて言及した。

安藤:まずOMOのベースとしてはお客様について知るということが非常に大事なので、NPSを挙げました。NPSで得た結果をマーケティングに活かすには、顧客をデータ化するという意味で顧客IDの統合が必要です。それをどういうタッチポイントで獲得するかというと、スマホで1対1の関係になる公式アプリが有効となる。このように顧客とデータをつなぐという意味で、上記の3つの施策を挙げさせていただきました。

鈴木:非常にわかりやすいですね。公式アプリによる店舗とECへの誘導を軸としながら、顧客ID統合やNPS導入によって、顧客とデータをつなぐ。お客様と一緒にサービスを共創していく仕組みが、これら3つで作れるということですね。

三陽商会EC事業責任者が語るOMOまとめ

今回のウェビナーのポイントを、「10の施策からの学び」として以下の3点にまとめた。

開発組織の内製化やデジタルマーケティング戦略組織の立ち上げなど、三陽商会はこれまでめまぐるしく組織編成を変えてきた。外部パートナーの活用も含め、使えるリソースを駆使しながら柔軟に施策を推進できる体制が、まずはOMO推進の土台となるのだと言える。
また、そもそもOMOの起点が「顧客視点にある」のは冒頭にも触れた通りだ。三陽商会がNPSをベースにしたように、顧客の声を拾う仕組みもマストとなる。
ここまでが1、2のまとめだが、3つめの「社内説得は大変だが諦めなければ計画は前進できる」とはどういうことなのか。安藤氏は以下のように語る。

安藤:何かを進めるためには、エネルギーが必要です。当然ですが、どんなに正論を言っても納得してもらえないと進みません。100人全員を説得するのは難しいですから、味方になってくれる人をきちんと作ること、そしてその人も含めてきちんと施策で効果を出すことが大事です。
かなり地道な努力にはなりますが、業績や自分の評価が上がるかどうかではなく、「これをやればお客様が喜んでくれる」ということをベースとして考えた施策には、そこまでの反対は生まれないはずです。何のためにやりたいのかをきちんと説得できれば、そのための資金は後からついてきますし、人材がいなければ採用することもできます。繰り返しになりますが、そのためにはきちんとお客様を知ること、それをサービスにつなげていくことが大事です。

OMOは顧客起点で考える。ここを忘れずに取り組むことが、成功への第一歩となるだろう。

今回ご紹介したウェビナーで使用した資料は、未公開部分も含め以下のリンクからDLできます。OMOにご興味を持たれた方は、ぜひご活用ください。

【無料ホワイトペーパー】
三陽商会EC事業責任者が語るOMO事例 ―10の施策を大公開、老舗企業のDX推進施策ベスト3とは?―
本ホワイトペーパーは、2021年6月24日に開催したウェビナー資料のダイジェスト版となります。アパレル業界の中でも他社に先駆けてあらゆるOMO施策を展開してきた三陽商会のEC事業責任者である安藤氏が実際に取り組んだ10の施策について、どんなことを意識したか、またおすすめしたい施策はどれか、失敗経験も踏まえながらご紹介しています。