老舗菓子メーカー榮太樓總本鋪に学ぶ、2020年代のメーカーの生存戦略~プロシェアリングを活用した商品開発・ECリニューアル・コーポレートブランディングの変革の裏側~
百貨店業界の不振、消費者の嗜好の多様化や顧客接点の変化など、メーカーを取り巻く環境の変化は激しく、挑戦なくして生き残りが難しい時代。創業200年の歴史を持つ老舗菓子屋の榮太樓總本鋪も例外ではなく、百貨店経由の売上4割減に伴う新たな販売チャネル開拓、自社のこだわりがなかなか消費者に伝わらない、老舗ならではの”飽き”等、様々な課題を抱えていました。そんな中、サーキュレーションのプロシェアリングサービスに出会い、商品開発、ECリニューアル、コーポレートブランディングに取り組み、結果として5つの新商品開発、EC単月売上最大3倍、取引先からの引き合い増・社内の一体感醸成に成功し、着実に未来への布石を打ってきました。2020年代のメーカーに求められる生存戦略とは?細田将己副社長、同社を支援したプロ人材の斎藤賢治さん、瀧本裕子さんに伺いました。
細田 将己氏
株式会社榮太樓總本鋪 取締役副社長
マサチューセッツ州Bentley Universityを卒業後、1998年三井物産株式会社に入社。10年間勤めた後、2007年株式会社榮太樓總本鋪に入社。企画担当役員を経て2016年より副社長を務める。2019年、株式会社細田協佑社社長に就任。200年続いた伝統の味を守りつつ、江戸菓子を語る講演会などで講師を務めるほか、現代感覚の新商品開発にも力を入れる。
斎藤 賢治氏
CM制作会社、アサヒビールにて勤務後、1995年、実家徳島で家業の食品問屋を承継。1997年家業からスピンオフする形で製菓製パン材料器具販売の「cuoca(クオカ)」起業。ECサイト、店舗、卸販売、レッスンスタジオとオムニチャネルを実践し、全社売上32億円・社員90名まで成長させ、2017年に売却。独立後、食品全般の商品開発、売れるECサイト構築、Webマーケティング、物流、オムニチャネルなど一気通貫で支援中。
瀧本 裕子氏
プラップジャパンで広報・プロモーション支援、世界大手のブランディング会社で大手企業のコーポレートブランド構築などブランド戦略事業をおこなう。ブランディングには知的財産ノウハウが必須であることから弁理士資格を取得し、ソフトバンクで知的財産部門を経てフリーランスに。広報・ブランディング、知財サポートを専門とする。大手・ベンチャーを問わず、広報部署の立ち上げや社内広報担当育成、広報・ブランディング戦略、ベンダーコントロール、イベントプロモーションやオウンドメディア運営、契約書作成、特許・商標出願まで幅広く支援。
井竹 萌
サーキュレーションのProSharing Community運営担当。本イベントのモデレーター。
Contents
創業200年ー榮太樓總本鋪の革新の歴史ー
百貨店業界の不振と、老舗だからこそのマンネリ感
細田:2007年に私が副社長に就任した当時の状況ですが、まず、百貨店業界の不振という外部環境の大きな変化が起こっていました。200年前、日本橋のたもとで金鍔(きんつば)の屋台として創業した当社は、その後、百貨店に出店し百貨店とともに育っています。しかし、今は百貨店の閉店が頻繁に起こる時代。私が入社した十数年前、すでにその兆候は表れていました。かつて、おみやげはデパ地下で買われていましたが、今は空港や駅などの生活動線の中で買われるように消費行動が変わってしまいました。
内部の課題としても、多くの方に親しまれてきた榮太樓飴にマンネリ感が出てきていました。百貨店の売上が年々下がっていく中、榮太樓總本鋪というブランドを大切にしながらも、新しいチャネルを探し、チャネルごとにその形を変えていかなければいけない状況でした。
生存戦略としての多ブランド化
井竹:そうした状況で、まずはどのような変化を起こされたのでしょうか。
細田:まずは多ブランド化が一つの方法かなと考えました。スーパーやコンビニなどの流通市場へは30年ほど前から進出しており、実はもう売上の半分は量販店向けで占められています。
多くの方にとって当社のイメージは「デパ地下の榮太樓」だと思いますし、それは大事にしています。ですが、昔ながらの榮太樓總本鋪というブランドを知るお客様は60歳以上と年齢層が高く、核家族化が進んだ現代では下の世代への継承は難しい。
そこで、飴を宝石のように売るというコンセプトで20代から30代をターゲットとした「Ameya Eitaro」というブランドを立ち上げました。このブランドでは榮太樓總本鋪が一番得意とする飴で新たな表現を追求し、ダイヤモンド型のおそらく世界で一番高い飴や、リップグロスのチューブに入った飴などを生み出しています。
また50種類ほどの和菓子を1種類ずつ小袋に入れて200円均一で販売する「にほんばしえいたろう」、60年ほど前に銀座江戸一さんという会社がつくったピーセンという揚げあられを受け継いだ「東京ピーセン」、糖質を抑えて高齢のお客様も食べやすい「からだにえいたろう」という和菓子ブランドも立ち上げました。
井竹:ブランドを大切にしながらも、時代の流れに応じて革新的な取り組みを進めていらっしゃったんですね。
飴の商品開発支援から品質管理、工場と経営の統合支援に発展
飴の知見を持った希少なプロ人材との出会い
井竹:弊社とのお付き合いは新商品開発から始まったんですよね。もともとは技術的に開発ができない飴があったというところがスタート地点と聞いています。それはどういう飴だったんですか。
細田:ミルク系の飴を用いたマーブル模様の飴です。そもそも飴のメーカーは国内でも少なく、なかなか情報や人材が外部に出てくる世界ではないので、乳の扱い方がさっぱりわからずつくれませんでした。
井竹:そこで実際に支援に入ったのがT氏。不二家の工場長、業務用デザートや飲料のメーカーである丸源飲料工業の取締役を務められた方で、食品領域の商品開発・品質管理・生産改善のエキスパートだったんですよね。
不二家(工場長)→丸源飲料工業(取締役)。不二家にてミルキーの品質改善や練乳/ホイップクリーム/キャンディー/飲料(コーヒー/ネクター)の開発を経験。果汁飲料の製造ライン構築やJAS品質管理を経て、他工場でもISO14001やISO9001認定、AIBシステム導入のPJリーダーを担う。丸源飲料工業では取締役工場長として外食産業向け飲料商品(ナショナルブランド・PB)の生産管理、 大手飲料のOEM生産の管理監督、工場経営全般(80名規模)、HACCPの運用管理監督を行う。
細田:数多くのキャンディ商品開発に携わられてきたTさんは当社にとってはズバリの人材。うちの工場ラインではどういうミルクの飴ができるかという点について、非常に高い知見をお持ちでした。
5つの新商品開発に成功、ロス率も5割から2割に削減
井竹:Tさんは実際どんな風に支援されたのですか?
細田:実際、現場に入られてから、もはや商品開発だけを手伝っていただくレベルの方じゃないということは強く感じたので、現在は品質管理や工場運営全体のアドバイザーになっていただいています。生産担当取締役、執行役工場長、工場飴製造課長、品質管理課長、商品開発課主任を筆頭にあらゆる人間に会っていただいていて、まさに一社員のような形で現場で手を動かしていただいています。
新たに開発した商品だと、ずっと作りたかった黒飴とミルクの2色のマーブル模様の飴の開発に成功しました。若者向けブランド「あめやえいたろう」向けには、ルチル(飴とチョコがミルフィーユ状の商品)を開発し、売れました。また王道のミルク風味の飴も開発でき、全部で5つの新商品を世に送り出しています。
さらにT氏のリードで、工場と経営の統合が実現
井竹:先ほど品質管理など工場運営全体まで支援内容が広がったと仰っていましたね。
細田:はい、千歳飴の品質管理にも関わっていただきました。千歳飴はその形状から、曲がる、欠ける、割れる等で当初5割程度ロスが出ていました。Tさんに関わっていただく中で、湿度が何より品質を左右するという原因特定に至り、ロス率も5割から2割にまで削減できました。
そして一番良かったのは、工場と経営の統合ができるようになったことですね。それまで八王子の工場内で日々起きているロスや機器トラブルなどの小さな報告は、経営の現場である日本橋本社には上がってこなかったんです。でもTさんが「全部出さなければだめだ」と。今では四半期に1回、工場で発生したミスやトラブルを社長や私に報告する「やらかし会議」のようなものを開催しています。当初、現場社員はトラブルを報告すると怒られると思い、四半期で2つしか上げてこない部署もありましたが、目的は怒ることではなくトラブルの芽を小さなうちに摘み、社内で情報連携することでその知見を他の部署にも活かすこと。当社には飴や生菓子などいくつかの製造の部署があるんですけども、トラブルの種類は似たようなものだったりするので、他の部署に解決方法があったりするんですよね。「トラブルは起きてもしょうがない、改善していこう!」と意識改革し、知見を横に連携できるようになりました。
井竹:実際に現場を見たTさんの知見を循環できた良い事例ですね。
細田;冒頭で申し上げた通り、彼のような知見の豊富な人はなかなか採用できないんです。それにもし採用できたとしても、特例的に高い給料で商品開発職の方を雇用してしまうと、社内の給与体系に合わないので周囲からは厳しく結果を求められ、成果を出せなければ本人の居心地が悪くなってしまいます。
その点、雇用ではなく短期的に専門人材の力をお借りできるサーキュレーションさんのシステムに出会えたのはありがたかったです。
EC強化を起点に全社的なマーケティング体制の見直しへ
10年で2億の売上達成のために専門家の知見が欲しかった
井竹:次に、斎藤様が一緒に取り組まれた「Ameya Eitaro」のEC強化、全社マーケティング戦略立案の話に移りたいと思います。当時は何が課題だったのですか?
細田:もともとは「Ameya Eitaro」のECサイトにセキュリティ上の問題があり、早々に対策しなければいけなかったという課題と、10年で年商1500万円から2億円に上げていくという中長期経営計画の中で、それまでもよく売れていたECサイトを活用しより売上を上げていきたかったが具体的なやり方がわからなかった、という2つの課題がありました。
当時、とあるベンダーさんを信頼して全面的に運用を任せていたのですが、セキュリティの脆弱性問題が発生してから、やはり自分たちだけでそういったリスクを事前に見抜くことはできないし、このまま中途半端にやっていくのは無理だと思ったので、サーキュレーションを介して出会った、専門家なノウハウを持っている斎藤様に支援に入っていただきました。
井竹:斎藤様は具体的にどのように支援されたのですか?
斎藤:当初、私が求められたのは、一時クローズ中の「Ameya Eitaro」のサイトをリニューアルして再度立ち上げる、1年で最も売上が上がるバレンタイン商戦の機会を最大化することです。
当時の自社ECサイトは見た目にも古臭く、商品写真も1枚、商品説明2行、スマホ最適化もしていない状態だったので、まずリニューアルをしました。
売上規模と求める機能的に最適なベンダー様に切り替え、商材ページの商品説明を厚くし、1回目のバレンタインデー、ホワイトデー商戦を乗り切りました。その翌年から、ECサイトの商品ページ拡充、運営の内製化、SEO対策など、Webマーケティングの領域も支援しています。2018年のバレンタインデー、ホワイトデー商戦の際には、ECの年商が1.5倍、単月で見ると3倍と最高の売上を達成しました。
複数ブランドを包括する全社的なマーケティング戦略が欠けていた
井竹:素晴らしいですね!それと並行して、全社的なマーケティング戦略にもアドバイスされていたと伺いました。
斎藤:そうです。というのも、榮太樓總本鋪全体のECサイトの状況を俯瞰してみると、非常にカオスな状態になっていたんです。さまざまなブランドのご担当者が、あちこちの制作会社さんの提案を受けて個別にサイトを立ち上げていたんです。
たとえば、全部のブランドがそれぞれ違うカートの仕組みを使っていて、「Ameya Eitaro」のサイトでは「榮太棲總本鋪」ブランドの金鍔も買えないしピーセンも買えない。違うブランドの商品を購入するには、各ブランドのECサイトで顧客情報を新しく登録しなければいけないという状態。ドメインもブランドサイトやECサイトごとにeitaro.comやameyaeitaro.jpなど混在しており、ブランドイメージ上の問題がありました。
また、サイト分析、顧客分析、販売データの共有がされていないということで、知見やノウハウが社内に蓄積されていませんでした。アクセス数も、「Ameya Eitaro」以外は少ない状況。さらに、デザイン・物流・顧客対応といったサービス品質がバラバラで、物流センターも違っているものですから、非常に全体的な効率が悪くなっていました。担当部署、スタッフが固定化されていないのも、ノウハウが蓄積されない一因でした。
斎藤:多くの会社さんに共通する問題ですが、ECと言っても世の中にはいろいろなソフトウェア、ハードウェア、サービスがあり、なかなか会社や売上の規模、成長戦略にフィットしたシステムやベンダーさんを選べていない事例がすごく多いです。
榮太樓總本鋪さんもまさに自社に合ったシステムを選べていないケースで、行き当たりばったりでシステムや制作会社さんを決めてきたものですから、全然統一感が出ていなかったということですね。
こうした統一感を出していくとともに、ECだけでなく百貨店、量販店と非常に顧客へのタッチポイントが多い会社さんですから、当時私からは「オムニチャネル化しましょう」ということも提案しました。
顧客LTVを最大化する体制を構築
斎藤:榮太樓總本鋪さんのすばらしいところは、「和菓子で日本一のWebマーケティングの会社になる」と経営会議で決議された点ですね。
当時、私からお話ししていたのは、榮太樓總本鋪グループ全体で顧客LTVを最大化しましょう、ということでした。イメージとしては、七五三を迎えたある女の子が30年後にお母さんになり、その娘も同じ榮太樓の千歳飴を持ってすばらしい思い出をつくる。生涯売上の最大化を目指すのではなく、生涯価値を最大化しましょうよということです。その後、2019年4月に組織変更がなされ、Webマーケティング部という部署ができました。
Webには単にモノを売るだけではなく、お客様と深いつながりを持つ力があります。ECでは顧客データが持てて、いつ誰が何を買ったか、どのように閲覧されたかなどがわかるわけです。Webマーケティング部が発足し、顧客データという資産を持つようになったので、30年前に七五三を迎えた方に「あの時買ってくださってありがとうございました。お子さんは七五三を迎えられたでしょうか?」とメルマガを送ることができます。そうしたマーケティングができる時代が、榮太樓總本鋪さんにようやく訪れました。
井竹:斎藤様は壁打ちという形で全社的にマーケティング戦略を持つ必要性、LTVを上げていく必要性を説かれてきました。現在は、ブランド間の相互連携を高めたECサイトを新たに立ち上げるプロジェクトが進行中です。商品開発を支援されたTさん同様、目の前にある課題から取り組まれ、そこから発展して、それぞれの知見を活かしながらより良い方向に導いてくださっているというところが共通点となっていますね。
一体感醸成と引き合いを増やしたリブランディング
次の200年に向けたビジョンを明らかにするところからスタート
井竹:次に、瀧本様が支援された200周年に向けたコーポレートブランディングのお話に移ります。外部のプロの力を借りたいと思った背景を教えていただけますか?
細田:200周年を独りよがりの一過性のイベントにしたくなかったんですよね。それに広報担当は問い合わせ対応で常に手がいっぱいで、ほかにブランディングや広報領域の知見がある人はいなかった。菓子づくりへのこだわりをより攻めの姿勢で伝えつつ、皆さんに一緒に喜んでもらえる200周年をつくる具体的なやり方がわからなかったので、知見のある人に助けてもらおうと思いました。
井竹:そうなんですね。実際の支援のプロセスについて、瀧本様からご紹介いただければと思います。
瀧本:当初は200周年に向けて何をするのか、何も決まっていない状況からのスタートでした。私は自分の結婚式の引き出物に榮太樓總本鋪さんのお菓子を選んだくらいなので、いち消費者として商品のすばらしさは知っていました。
ただ、企業としてのありたい姿やブランドビジョンが明確に棚卸しできていない状態だったので、まずは榮太樓總本鋪の強みや社内外からの期待値の抽出、環境分析から始めました。社内に向けては店舗の販売スタッフ、工場勤務者、本社・営業所社員、役職者など20名に満遍なく、「今の会社をどう思っているか?」「どんなところが好きか?」「今後どんな会社でありたいか?」等30項目ほどヒアリングをしました。
ブランディングで絶対に外してはいけないこととは
瀧本:ブランドは目に見えないものです。人であれば、外見や立ち居振る舞いをみてどういう人かを判断することはできますが、目に見えないブランドの場合「どういうブランドか?」と聞かれてパッと印象がでてくるブランドは多くないように思います。これはブランドの作り手の「自分たちは何がしたいのか」という意思の部分がすごく大事になってきます。この意思がブランドの根幹をつくっていくのでブランディングでもリブランディングでも絶対に外してはいけないものです。
これと市場環境や自社の強み、求められているものなどを組合わせて「戦略的ポジショニング」を策定していきます。
これまで数百社におよぶ企業と一緒に仕事をしてきましたが、多くの企業が「自分たちはどういうブランドで、何がしたいのか」という意志の部分がふんわりしていると感じています。榮太樓總本鋪さんの場合も、「榮太樓總本舗ブランド」について現場の方々はそれぞれ異なる印象を抱いていたので、まずは榮太樓總本舗としてのブランドの目指すべき姿や提供すべき価値とは何なのか、という意志の部分を明確にするところから始めました。
従業員およびユーザーヒアリングを進めていくと、味・原材料・技術へのこだわり、200年やってきたという伝統と信頼に関しては鉄板の強みであると認識されている一方、榮太樓總本鋪と聞いて思い浮かぶ商品があるかと言われると、あやふやであることがわかりました。また、50代以下の方には知名度が低いという課題も浮かび上がってきました。
次の200年に向けた軸とキーワード、守るもの・変えて行くもの
こうしたブランド調査・分析を経て、次の200年に向けた3つの軸、「榮太樓總本鋪が飴で日本一、世界一の会社になること」「伝統の承継や日本橋を大切にしていくこと」「常に挑戦していくフレッシュな企業であること」を策定し、経営会議で決定いただきました。これを具体化するために、次のアクションとして記念商品の開発、記念動画や特設サイトの制作、店舗改装、インナーブランディング等の様々なアクションプランを実行していく部隊として200周年委員会を立ち上げました。
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キーワードを「唯一無二」「不易流行」「継承」の3つに据え分析に基づいて守っていくものと変えていくものを決定しました。守っていくものは200年続く味づくり、原材料へのこだわり、信頼感、伝統、正直、江戸気質。逆に、変えていくものは時代に合わせた表現です。今回は20代から30代に向けた表現の強化も行うことになりましたので、Webサイトで動画で榮太樓總本鋪のこだわり、歴史などを知っていただき、Instagramでもユーザーがちょっとした学びを得られるように設計することで、ネット世代のロイヤルティにつなげられるよう工夫しました。
インナーブランディング(社内広報)の重要性
瀧本:インナーブランディングの観点では、これまでの社是「味は親切にあり」は社員によって意味の捉え方が異なっていたことが調査で判明したため、次の200年に向けてブランド認識を合わせて進んでいくために、新社是「心の豊かさに挑戦する榮太樓」を決定いただきました。この新社是には、お客様や原材料の生産者さん、従業員など、みんなの幸せが豊かさにつながるということ、伝統にとらわれずにそうした心の豊かさに挑戦すること、という意味が込められています。
また、次の200周年に向けた取り組みを知っていただくための社内イベントやグッズの配布、継続浸透させるための施策も実施いたしました。200周年ブランドのキックオフイベントでは新しい社是や榮太樓總本鋪ブランド、今後あるべき姿について経営陣からきちんとご説明いただきました。それまで会社の方向性を伝える機会がなかなかなく、また榮太樓總本鋪の将来を社員が考える機会もあまりなかったので、社員全員に榮太樓總本鋪の10年後の姿や、好きな自社菓子のキャッチフレーズをテーマに社内コンテストも行いました。
井竹:当初は200周年にあわせた対外的な施策という話でしたが、最終的にはインナーブランディングもセットでやっていらっしゃいます。やはり一緒にやらないと効果が出にくいものなんでしょうか?
瀧本:ブランディングには、インナーブランディング(社内広報)は必須だと考えています。榮太樓總本鋪さんが持っていらっしゃる強みというのは、こだわりや製法などいろいろあるのですが、結局それを社員みんなで認識して、ブランドの方向性にそった考え方や行動を行うがとても重要です。ビジョンやミッションなどを策定しても、社員にその考え方・方向性をインプットしないと、絵に描いた餅になっちゃうんです。
井竹:リブランディングの成果はどう感じていらっしゃいますか?
細田:これまでも大切に作り続けてきたブランドのアイデンティティーである缶入りの飴のサイズを変え、200周年記念の特別なデザインで販売したのですが、1日1500個売れた日もあったなど、売上がかなり好調です。またその品質の良さを見て、誰もが知っている大手カフェチェーン等からOEMの引き合いも数社あり、売上に貢献しています。また、これまで特定のブランドでしかリーチできていなかった20代・30代などの若い購買層にも明らかに認知が広がっており、リブランディングの効果を感じています。個人的にも一度飽きられ埋没してしまった缶入りの飴が、200年の時を経て、「レトロかわいい」と再評価され、主力商品にできたことがなんとも嬉しかったです。
また、インナーブランディングによって改めて社内の意識統一ができたのは、数字では測れない価値でしたね。記念品や会社の1Fで開催した社員に感謝するパーティーで社員が喜んでいる姿を見られたのも、とても嬉しかったです。
2020年代のメーカーの生存戦略とは
井竹:最後に、今回のテーマとなっている「2020年代のメーカーの生存戦略」について、みなさまから一言ずつコメントをお願いします。
細田:当社は製法などの変えてはいけないものは変えませんが、逆に変えていくものは大胆に変えていきます。外部環境は変わっていってしまうので、今までのやり方に固執している場合ではない。挑戦あるのみだと思ってます。
私は当社を「200年目のベンチャー企業だ」と常に言っています。大きい会社でもなく、売上もたかだか60億ですから、やはりベンチャースピリットがないといけません。言われるのはありがたいですが、自分から「老舗です」なんて絶対に言うべきではないし、常に新しいところに目を向ける必要があります。生き抜いていくには、それしかないと私は確信しています。
斎藤:単なる売上向上のためではなく、経営レベルでWebを使ってマーケティングをやっていくことが大切だと思います。よく「ECでモノを売りたいんですけど、どうしたらいいですか」と質問を受けますが、それは楽天やAmazonに出店すればいいだけなんです。そうではなく、ブランドをつくっていく、シンパシーを感じてくれるファンをつくっていく、Webやリアル店舗を絡め、そうした新しいマーケティングの世界に入って行く、その覚悟を経営者がお持ちになればすばらしいものになるんじゃないかなと思います。
瀧本:外部環境がやはりどんどん変わってきてしまって、小売は特にそうだと思いますが、競合となるのは国内企業だけではありません。となると、選ばれなきゃいけないですよね。選ばれるためには、きちんと自分たちの強みや自分たちは何なのかブランドを確立する必要がこれまで以上にでてくると思っています。また、たとえば榮太樓總本鋪さんだったら飴だよね、和菓子だよね、というイメージのがポンと出てくるようにしなくてはいけません。逆にそれをするために、やらないことも決める。この2つはすごく大事かなと思います。
まとめ:外部環境が変化する中、選ばれ続けるためには
「2020年代のメーカーの生存戦略」をテーマに、榮太樓總本鋪様の変革事例をご紹介いただきました。老舗ブランドといえども外部環境の変化に合わせて変わらなければ選ばれ続けることは難しくなっていきます。
細田様が「今までのやり方に固執している場合ではない」と語られたように、経営レベルで強い覚悟を持って何を守り、何を変えていくのかを決めた上で挑戦していく。また、目先の売上を見るのではなく、ブランドづくりやファンづくりを重視する。2020年代をメーカーが生き抜いていくには、そうした姿勢が求められるのではないでしょうか。