「アクセラレータープログラム」とは?成功の秘訣と事例を紹介
企業や組織におけるオープンイノベーションの一手段として、「企業外部の主体とともに対等なパートナー関係で事業創造を加速する場」である「アクセラレータープログラム」があります。
一般的には、主に大規模な事業者が、自社グループ内で足りない技術やシーズを外部のベンチャー企業やスタートアップから掘り起こし、協業によってサービス開発を行いながら、新たな付加価値や生産性向上につなげていく取り組みとして理解されています。しかし、当該案件が自立したら、主催者としても手離したうえで「次なるステージ」に移行しなければなりません。また、取り組みを企業や組織でプログラムを有効に機能させるためには、パートナー同士に上下関係がないことと、事業化に向けて歩みを加速させることが重要です。本稿では、主に主催者側からの視点で、アクセラレータープログラムに参加するプレイヤーに求められる資質とふるまいに着目して、「企業・組織内にアクセラレータープログラムを根付かせる方法」について考察します。
Contents
「オープンイノベーションの一手段」としてのアクセラレータープログラム
企業や組織にとっての「アクセラレータープログラム」とは、「起業後の企業や事業者の成長加速を促す」要素のひとつです。「オープンイノベーション」を実現する手段の一環として、一般的には大手企業がベンチャー企業やスタートアップに対して、自社や自社グループのリソースを提供し、大手企業の新規事業を協業・投資により創出することを目的としたプログラムのことを指します。オープンイノベーションの手段として似たものに「インキュベーションプログラム」もありますが、こちらは、起業前のアイデアレベルからのサービス作成や起業を促すことも含まれ、すでにアイデアが出された状態ではじまる「アクセラレータープログラム」とは異なります。
国内でのアクセラレータープログラムの開催実績
アクセラレータープログラムは、日本国内では2012年ごろからさまざまな事業会社が主催しはじめ、2018年までに少なくとも200件近くのプログラムが実施されました。
開催テーマは、それぞれの主催者の事業分野において、「新しい価値の創造」を目指すビジネスを掘り起こし、その事業者を支援するものとなっています。
大企業とベンチャー・スタートアップとの「対等な関係」によって生み出すイノベーション
ここ近年、技術革新のスピードがますます短期間化・短サイクル化し、これまでの「ケイレツ経営」に代表される、完成品を世に提供する会社を頂点としたヒエラルキーがますます機能しなくなってきて、日本の産業の大きな問題になっています。例えば自動車業界は、これまでのようなエンジンをはじめとした車両自体の性能や販売台数を競う時代から、新しい移動サービスを提供する「CASE(コネクテッド・自動運転・シェアリング・電動化)」の競争へと、企業の軸足が移りました。そして、そこで強さを発揮しているのが、GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)やウーバーテクノロジーズ、テスラなどのテクノロジー企業です。そのためこれまでのヒエラルキー型の意思決定、ビジネス運営のスタイルでは、並み居る国外の事業者のスピードに到底追いつくことができません。このような背景から「オープンイノベーション」として、主催企業とベンチャー企業やスタートアップがそれぞれの「持っているもの」を出し合いながら、相応な負担を通じて社会課題に挑み、ともに成長するスタイルに変わってきたのです。
従来からの社内常識を転換させる「カンフル剤」としての「アクセラレータープログラム」
「アクセラレータープログラム」は、新聞社をはじめとしたメディア系企業の多くが取り組んでいることも大きな特徴です。
特に新聞社においては、現状に強い危機感をもっています。従来は一貫して情報を取材し、記事を執筆し編集・発信することができる「限られたメディア」として、社会のオピニオンリーダーの役割を担いつづけてきました。しかし現在はSNSが一般的になり、従来考えられなかったような新しいメディア媒体がますます増え、新聞の発行部数が減ってきています。過去から連綿と続いてきた「朝刊・夕刊」を基軸とした「1日2回のバッチ処理による事業サイクル」というビジネスモデルの将来性が薄れ、「印刷工場」など情報発信のために資産をもつ重要性の減少したことなどを受け、新聞社社内の「常識」自体を根底から変える必要があるという認識が背景にあります。
アクセラレータープログラムを通じたオープンイノベーション成功に向けた秘訣とは?
続いて、主催企業の立場で、「アクセラレータープログラム」の成功に向けての課題と方法を検討します。
企業内エコシステムにおける「アクセラレータープログラム」
企業が「オープンイノベーション」に向けた手段を整備していくにあたって、「アクセラレータープログラム」は「企業内部と外部のリソースを有機的に結合するためのハブ的役割」を担う手段となります。下図は、企業におけるオープンイノベーションの手段を示したものですが、プレシードからミドル・レーターに至るまで、プログラム運営者は、個々の案件・プロジェクトの自立した運営に向けた活動をします。具体的には事業ステージごとに異なる課題に対して、シーズ(ベンチャー企業・スタートアップ)・ニーズ(主催企業)の間に入り、同じ目線にたって、プロジェクト推進に向けた取りまとめや調整を行っていく役割を担います。
アクセラレータープログラム成功の秘訣:「伴走型支援」の仕組みが存在すること
これまで「アクセラレータープログラム」を運営するために必要な要素を検討してきました。
しかし、これらの機能をすべて自社内で内製化する必要は全くありません。その理由は、「オープンイノベーション」自体に、そもそも社外の視点や意見を受け入れ、自社としての「視点」を常にアップデートし続けていくという考え方があるからです。いちから準備するだけのリソースや時間をかけるより、素早く他社の知見やノウハウを用いたほうが圧倒的に素早く正しい準備が可能です。また、自社の視点のみならず、社外の視点や意見を受け入れ、自社としての「視点」を常にアップデートしていく必要もあります。アクセラレータープログラムにおける「伴走型支援」のあり方は、数の通りです。それぞれについて詳しく見ていきましょう。
成功の秘訣①:ステージごとに課題が変わる、フェーズに合わせて取り組みが変わる
アクセラレータープログラムの個別案件は、「戦略コンサルティングプロジェクト」ではなく、「新規事業創生プロジェクト」としてそれぞれの企業の現場で今起きていることを取り扱います。もちろん、そこにはMBAコースで習うような高度で専門的な知識やフレームなども重要ですが、それ以上に、事業を取り巻く状況が常に変化するなかで、変化を瞬時に把握、分析し、次なる一手を検討して実行していく俊敏さが求められます。そのため、各プロジェクトが現在置かれた事業フェーズに合わせて、取り組み自体も刻々と変化します。「新規事業創生プロジェクト」では状況に合わせてさまざまな知識や経営技術を広く使えるようになっておく必要があります。主催者の大企業の内部であっても、このような仕事の経験を持ち合わせた社員はなかなかいないことも多いです。だからこそ、外部の運営企業との協働を通じて、自社においてもノウハウを吸収していく必要があるのです。
成功の秘訣②:主催企業・ベンチャー/スタートアップとで目線とベクトルを合わせた支援を行う
これも、プロジェクトの元請け的な世界でのみ仕事をしてきた大企業の方には馴染みが薄い視点かもしれません。「アクセラレータープログラム」で協業している外部の企業は、単なる「外注業者」ではなく、これまでのビジネスとは全く違う「イノベーション」を生み出そうとしているパートナーなのです。もちろん、大企業には資金的な裏付けや、マーケットといった、ベンチャーやスタートアップにはないリソースを持っていますが、過去の延長ではない世界で新たにビジネスを生み出す場合には、これらのリソースがどこまで役に立つものか、まったくわかりません。それよりも、それぞれのプロジェクトにかかわるすべての関係者が、同じゴールに向けて目線を合わせ、ともに持っているリソースを尊重して、プロジェクトを前進させることに注力する必要があります。そのため外部の運営企業との協働を通じて、徐々に自社内にカルチャーとして吸収し、定着化させていくべき分野なのです。
成功の秘訣③:自社のビジネスサイクルの一部に組み込んでいく
アクセラレータープログラムを実際に行ってみると、単発でのイベント的なものでなく、継続的に実施していくことが大切だと感じることと思います。特に、ビジネスサイクルが短くなっていることを考慮すると、「1年に1回実施」といったサイクルでまとめて案件化するので効果が薄れてしまうでしょう。常に変革を意識して対外的に窓口を開き、「案件の種」を探し続けることが重要です。過去にアクセラレータープログラムの開催実績がある企業のなかでも、例えば東京急行電鉄が主催する「東急アクセラレートプログラム」は、2018年以降、年1回に定めていた応募期間を撤廃し、毎月末締め切り、翌月末採択結果発表という「通年募集」に変更しました。これは、主催者としては大きな判断をされたと同時に、「オープンイノベーション実現に向けた覚悟」を内外に示したものだといえるでしょう。
成功の秘訣④:「特定領域のスペシャリスト」ではなく、「支援者のスペシャリスト」であり、「主催企業の代表」であるべし
個別案件に参加する主催企業の社員は、「主催企業」の看板を背負っての参画となります。当然、主催企業の業界や社会における「立ち位置」、つまり、自社が何を目指し、どのような強みやポテンシャルがあるのかを、自分自身で語れるよう準備する必要があります。特にそこが、ベンチャーやスタートアップのメンバーに最も重要なポイントです。ベンチャーやスタートアップのメンバーは、強い覚悟をもってこのアクセラレータープログラムに応募し、自社・あるいは自分自身の看板を背負ってプロジェクトに参画しています。「大組織の歯車としてのふるまい」でなく、「大企業を動かす意志とプライド」をもって参画することが大切です。一方で、MBAプログラムの教科書に載っているような一般的な経営やアクセラレーターの知識は必ずしも必要ありません。このあたりは、プログラム運営企業のメンバーにお任せしてしまってもよい部分です。
成功の秘訣⑤:一方で、社会や業界全体など、外部の情勢にも明るくあるべし
主催企業の担当者としては、常に社会や業界の新しい情勢にも目を光らせて、自社内に取り入れるルートを作っておく必要があります。しかし、その「外部知識」が、これまでの大企業における「業界紙」で収集できる方面だけでなく、経営、金融、ITから、デザインなどこれまで「経営の世界」とは関係なかった分野までありとあらゆる世界に広がっています。もちろんそのようななかで、主催企業の担当者であってもとして一から十まですべての知識を取得する必要はありません。それよりも、外部の関係者との良好な関係を築き、信頼できる情報が入ってくるようにすることが大切です。自身の会社が社会的にどのような「立ち位置」にあるのか、何が強みで、何が求められているのかなどを客観的な目線で理解するように努めましょう。
アクセラレートプログラムの活用事例
次に、アクセラレータープログラムの活用事例として2つの事例をご紹介いたします。
アクセラレータープログラムの事例①「朝日メディアアクセラレータープログラム」
株式会社朝日新聞社(以下、朝日新聞社)の子会社、朝日メディアラボベンチャーズ株式会社が主催する、「ビジネスモデル×マーケティング×メディア(PR・広報)を支援し新しい価値の創造を目指す」ためのプログラムです。プログラムに参加希望するベンチャー企業やスタートアップは、WEBサイトの応募フォームから応募を行います。書類審査・面談審査を通過した事業者は、「キックオフミーティング」への参加を皮切りに、約3か月間、週1回夕方に開催される「メンタリング」に参加し、専門家(メンター)と議論を行います。途中、3日間の「メディアキャラバン」を通して、メンター以外のさまざまな関係者の目も触れながら、提案したビジネスプランをブラッシュアップしていきます。そして一連のプログラム期間の最後に開催されるのが「デモデイ」です。ここで、プログラム期間中の成果を披露し、今後の方向性についても討議・検討がなされます。
本プログラムはこれまでに4回が実施され、採択企業20社中14社が事業会社・ベンチャーキャピタル・エンジェルなどからプログラム期間中あるいは期間後に資金調達を行いました。
アクセラレータープログラムの事例②「MORINAGA ACCELERATOR」
MORINAGA ACCELERATOR は、森永製菓株式会社が主催する、「まだまだ変えられる〜Food Innovation〜」をキーワードに、食や健康の分野での革新的価値をもたらすイノベーター(起業家・事業家)を募集するアクセラレータープログラムです。
豊かで安全な食生活の実現と健康の増進につながる革新的なビジネスを募集することで、森永製菓とさまざまな分野とのパートナーシップで、革新的な新規事業を共創することを目的としています。そのため、森永製菓の事業領域であるフードやヘルスケア、バイオテクノロジーはもとより、その他の領域も提案を受け付けるものになっています。また、森永製菓のリソース、ネットワークの活用を視野にすることを歓迎しますが、必ずしも必須条件とはしていません。
最終選考に選抜されたチームには賞金が授与され、その後開始される約6か月のプログラム期間中、2週に1度の定期ミーティングと月1回の森永製菓担当者を含めた報告会を軸に、随時メンタリングや相談を行える環境、必要なリソースやネットワークの提供、都心のオフィス環境の提供を受けることができます。
なお、同社はこれまで4回のアクセラレータープログラムの主催実績があり、2015年以降は「01Booster」を運営する株式会社ゼロワンブースターがプログラム全体の運営支援を行っています。ゼロワンブースター社は、プログラム主催者である森永製菓とベンチャー企業の間を取りもち、それぞれ足りないリソースを補完しあい、イノベーションを共創し、事業の成長を加速させるための支援を行っています。
アクセラレータープログラムの主催者の傾向
アクセラレータープログラムを実施する主催者の業種は多岐にわたっています。公表されている2012年以降にアクセラレータープログラムを主催した会社を集計したところ、最も多いのは「出版・広告・メディア」(16%)で、続いて「製造業」(13%)、「金融・保険・リース」(11%)、「サービス業」(8%)と続きます。また、毎年繰り返し継続的に開催する主催者もあらわれています。また、継続的なアクセラレータープログラムの開催を通じて、グループ内で開催主体を変えた企業グループもあります。朝日新聞社は、2016年までは朝日新聞社本体として開催してきましたが、2017年以降は、「朝日メディアラボベンチャーズ株式会社」という、インターネット、テクノロジー、メディア関連企業や、新たなライフスタイルを創出する企業に投資する子会社のベンチャーキャピタル会社が主催しています。また、日本テレビホールディングスのように、グループ企業内の事業会社や、全国ネットでつながる地域会社などがそれぞれプログラムを主催するケースも見られます。
(イメージ4:3回以上アクセラレータープログラムを開催してきた会社の整理)
「アクセラレータープログラム運営企業」との協業による運営
これまでのアクセラレータープログラムの開催実績からみられるもうひとつ特徴的なことは、ほとんどのアクセラレータープログラムが、主催者である企業とプログラム運営企業のコラボレーションで運営されていることです。最も事例が多い運営企業はCreww株式会社では、実に上記で集計した200事例のうち、全体の6割近くのアクセラレータープログラムの運営にかかわってきています。
同社は、「民主的」「オープン」「分散」「自律」という4つのキーワードのもと、スタートアップコミュニティの形成に力を入れ、スタートアップ企業の成長に必要なヒト(人材)・カネ(資金)・チャンス(成長機会)にいつでも手が届く仕組みを形成してきました。
「アクセラレータープログラム運営企業」は、主にベンチャー系の投資会社と、金融・会計系コンサルティング会社とに大別されます。また、これらの会社が複数で主催企業のプログラム運営を支援しているケースもみられます。逆に、「アクセラレータープログラム運営企業」の力を借りずに主催会社が独自の力でプログラムを運営しているのは195件中23件(12%)しかなく、大組織であっても独自で「アクセラレータープログラム」を運営することはハードルが高いという課題も見え隠れしています。
ベンチャー・スタートアップの傾向
企業が主催するアクセラレータープログラムの応募者について、アクセラレータープログラム運営企業の「ゼロワンブースター」が調査した結果によると、同社が運用するプログラムの8割は首都圏(東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県)からの応募です。一方、テクノロジー系のアクセラレータープログラムは、地域の大学からのスタートアップ採択もあるという結果が出ています。また、応募者の属性別では、東証一部出身企業勤務経験者が39.0%、学歴では大学院修了者が18.2%を占めています。このことから、大企業をはじめとした企業勤務を経験したのちに、独立・スピンアウトしたうえで、ベンチャー・スタートアップの立場から参入している流れも見てとれます。
日本のアクセラレータープログラムは、主催者である大企業・グループがもつ事業基盤を使いながら、ベンチャー・スタートアップ自身がもつ技術やノウハウをブラッシュアップが可能です。さらに応募するベンチャー・スタートアップにとっては、今後の事業展開において「大企業に採択された案件・会社である」という「安心感」や「実績」を対外的に発信できるようになる「メリット」があります。これらを踏まえると、ベンチャー・スタートアップがプログラムに参入しようとしていることも理解できるでしょう。
まとめ:大切なことは、「手離れを意識した仕組み」をつくること、そして、つかず離れず「大人の関係」をつくること
「アクセラレータープログラム」は、会社や組織の「オープンイノベーション」のために必要な、「長い目線で、息長く運営させる仕組み」です。また、主催者側は企業内外をつなぐ窓口的な役割も担うことも大切です。
時代はAIの活用など新しいビジネスモデルの社会に移行しつつあり、大企業や役所といえども将来にわたって継続して事業環境が保証されなくなってきました。組織や事業規模を問わず、自社内外の「ヒト・モノ・カネ・情報」といったリソースと緩やかなつながりを持ちつつ、プロジェクト化できるチャンスと出会った場合は、すぐにプロジェクト化して取り組みを加速させるべきです。
一方で、当該プログラムで生まれたプロジェクトを、企業としてどのように取り扱っていくか、付き合っていくかは次なる大きな課題になります。「アクセラレータープログラム」は「主従関係」のない対等な関係のなかでのイノベーション創出に向けた取り組みです。最終的には自立できるまでに至ったら「手離れ」して、当該事業自身が次のステージを意識して動いていくことが大切です。そのためには、常に当該事業で生まれたプロジェクトは一貫して、企業規模や歴史などではなく、パートナーの事業者とは「対等な関係」で事業を進めていくこと、自社をそのような企業文化に変えていくことが「アクセラレータープログラム」の成功に不可欠です。
参考URL
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000156.pdf
https://eiicon.net/articles/707