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「残業代ゼロ」法で会社を強くするために~経営者がやるべきこと/やってはいけないこと~

人事制度設計
「残業代ゼロ」法で会社を強くするために~経営者がやるべきこと/やってはいけないこと~

2019年4月から施行される「働き方改革関連法」の中で、「残業代ゼロ法」として注目されたのが「高度プロフェッショナル制度」です。報道では残業代ゼロだけが強調されがちで、企業が労働者をこき使う制度のイメージが先行していますが、うまく使えば働き方改革を進め、労働生産性を向上させます。ここでは経営者の視点から、高度プロフェッショナル制度を活かすためにやるべきこと、やってはいけないことを整理します。

「残業代ゼロ法」とは?

2018年の通常国会では「残業代ゼロ法案」の審議が話題を呼びました。厚生労働省によるデータ作成のミスや、野党の抵抗と与党の強行採決といった話題が注目されたため、法律の内容についての印象が薄まってしまった感もあります。まずはどんな法律なのかを確認しておきましょう。

2018年度通常国会で「働き方改革関連法案」が成立

2018年度通常国会には、政府がいわゆる「働き方改革関連法案」を提出しました。この法案は労働に関する8つの法律を改正することで、以下の3つの目的を達成しようとしたものです。

  1. 働き方改革の総合的かつ継続的な推進
  2. 長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等
  3. 雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保

国会での審議は法案の修正など紆余曲折を経ましたが、2018年7月に法案は可決され、法律は2019年4月から施行されることとなりました。

この法案の中で特に注目されたのが、いわゆる「残業代ゼロ法案」と呼ばれる「高度プロフェッショナル制度」の導入です。この制度は上記2.の長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現を実現する手段として提唱されました。

高度プロフェッショナル制度とは?

高度プロフェッショナル制度は、高度な専門知識に基づいて労働する特定業務の労働者について、労働基準法が定める労働時間や時間外労働に対する手当などの適用対象から除外するという制度です。

労働時間に関する制約を排除することで、労働者が自分のスタイルや業務内容に適した自由な働き方ができるようになることを狙いとしています。こうした働き方を取り入れることで、日本の産業における労働生産性を高めることができるとされています。

高度プロフェッショナル制度が生まれた背景

日本の産業は諸外国と比べて労働生産性が低いと言われています。公益財団法人である日本労働生産性本部がまとめたOECD加盟国の労働生産性(時間当り)比較によると、日本の労働生産性は35か国中の20番目でOECD加盟国全体の平均よりも低くなっています。日本はトップのアイルランドの半分以下で、アメリカやドイツと比べても6~7割程度であり、国際競争力の点で大きなマイナス要因になっています。

OECD加盟国の時間当り労働生産性

こうした低い労働生産性の要因の一つとして挙げられるのが、画一的な働き方と「付き合い残業」という言葉に代表される同調圧力の強い職場環境です。今回の法案に関する報道の中で、「残業代が無くなったら生活できない」という不満が紹介されていました。これは裏を返せば、生活のために必要が無くても残業している人が存在することを示しています。日本企業はこれまで成果連動型給与の導入など、労働生産性の改善を目指してきましたが、法律で定められた制約もあり十分な結果につながっていませんでした。そうした中、電通社員の自殺事件に端を発した働き方改革の機運の高まりもあり、従来の壁を打ち破る起爆剤の一つとして高度プロフェッショナル制度導入を政府が推進しました。

高度プロフェッショナル制度の概要

高度プロフェッショナル制度は労働基準法で定められた制約について、以下のように大幅に規制を外すものです。

  • 労働時間の上限についての定め無し
  • 残業代・割増賃金の支払についての定め無し
  • 1日の必要休憩時間についての定め無し
  • 休日は年104日+有休休暇が5日以上あれば良い

ただし全ての労働者に対して適用になる訳ではありません。制度スタート時に対象となるのは、

  • 年収1,075万円以上
  • 省令で高度な専門知識に基づき労働する業務と定められた特定業務の従事者。具体的には以下の5業務がスタート時の対象業務。

    • 金融商品開発
    • 金融商品のディーリング
    • 企業や市場のアナリスト
    • コンサルタント
  • 研究開発
  • 本人が適用に同意した人

という条件をすべて満たした人のみです。労働基準法の制約が管理監督者(いわゆる管理職)を除き原則全労働者に適用されるのと比べると、限定的とも言えます。

高度プロフェッショナル制度(“残業代ゼロ”制度)とは?

裁量労働制との違いは?

残業代が払われないケースはこれまでにもありました。多くの企業で管理職(管理監督者)には残業代がつきません。また、残業代がつかない制度として裁量労働制をご存知の方も多いでしょう。裁量労働制については、ディーラーや研究開発部門など高度プロフェッショナル制度の対象となる部門で導入されているケースが多いので、裁量労働制=高度プロフェッショナル制度という誤解があるかもしれません。

裁量労働制と高度プロフェッショナル制度の違いは、特に労働時間や休日・深夜勤務についての労働基準法上の制約の有無にあります。具体的に言えば、以下のような点で裁量労働制と高度プロフェッショナル制度は異なります。

  • 裁量労働制では「みなし残業」として、実際の残業の有無にかかわらず一定時間の残業があるものとして残業代が払われる
  • 裁量労働制では休日勤務や深夜勤務については、残業代の支払が義務付けられている

尚、今回の働き方改革関連法案に関して、当初政府は裁量労働制の適用対象業務の拡大も検討していました。しかし法案全体の審議が難航する中で裁量労働制の適用拡大をあきらめ、高度プロフェッショナル制度に絞った経緯があります。

高度プロフェッショナル制度のメリット・デメリット

高度プロフェッショナル制度では労働時間や残業代支払への規制が無くなるので、企業にとってメリットばかり、労働者にとってデメリットのみというイメージが強いかもしれません。しかし企業側、労働者側のどちらにとっても、メリット・デメリットが存在しています。

企業にとってのメリット・デメリット

高度プロフェッショナル制度では企業は残業代を払わず労働者を働かせることができるので、メリットばかりなのかと言えばそうではありません。

もちろん人件費を効率的に使うという点で、高度プロフェッショナル制度は企業にとって大きなメリットがあります。残業時間に影響されず労働者の生む価値(成果)と人件費の対応関係を強められますし、「残業代のための残業」のような無駄を排除できます。うまく利用すれば労働者のやる気を引き出すこともできます。

一方で、制度の導入に伴い給与体系全体の見直しが必要で、導入が必ず人件費削減につながるとは限りません。また労働時間の制約が無い一方、労働者に何時まで働けと指示をすることもできません。導入手続も労使委員会での合意や本人の同意など簡単ではありません。企業にとって単純なおいしい制度とは限らないのです。

企業への高度プロフェッショナル制度のメリット・デメリット

労働者にとってのメリット・デメリット

企業にとってメリット・デメリットがあるのと同様に、労働者側から見ても高度プロフェッショナル制度にはメリット・デメリットの両面があります。

「日本企業は仕事を効率良くやらない人にご褒美をあげている」…これはアメリカ人のお笑い芸人でIT企業の役員でもある厚切りジェイソン氏が残業代についてコメントした言葉です。逆に言えば残業代の制度は定時内で仕事を完了できる優秀な人にとって、能力を反映しない不公平な制度だと言えます。高度プロフェッショナル制度を採用すればこうした不公平感はなくなりますし、やることをやった人は早く帰るといった自由な働き方が可能になるメリットがあります。

もちろん、制度の運用が悪ければ無制限に労働を強いられたり、高度プロフェッショナル制度の適用を強制されたりするリスクはあります。また、実質的に給与が減ることになる人もいるでしょう。

労働者への高度プロフェッショナル制度のメリット・デメリット

高度プロフェッショナル制度を導入する経営者がやるべきこと

筆者は、今回高度プロフェッショナル制度の対象業務となる経営コンサルタントとして長く働いてきました。一方でクライアントである日本企業の仕事の進め方も数多く見てきています。そんな経験からは、“普通の”日本企業が十分な社内改革もせずにただ高度プロフェッショナル制度を導入しても、デメリットばかりが現れて生産性向上につながらないのではないかという懸念を感じます。高度プロフェッショナル制度を導入して自社の生産性と競争力を高めようとするなら、経営者は制度の特徴を十分に活かせるような業務プロセス、役割分担や組織構造を整備し、同時に労働者のモチベーション維持への配慮を十分に行う必要があります。

具体的には以下のような内容を行うことが必要になります。

  1. 社内の現状把握
  2. 制度に向けた社内の仕組の整備
  3. 対象者の給与水準の見直し
  4. 「プロフェッショナル」に関する認識の共有

高度プロフェッショナル制度導入に際し経営者がやるべきこと

社内の現状把握

では、経営者が行うべきことを、順を追って説明してきましょう。スタートはまず現状把握です。高度プロフェッショナル制度に対応した業務プロセスや社内の仕組を作るには、まず現状をしっかりと把握する必要があります。社内の誰が、どんな仕事を、どれだけの時間をかけて行っているのか(残業も含めて)を把握し、制度の導入により影響を受けるのが社内のどこにあるのかを理解します。社内の業務量調査を行うのが現実的です。

このプロセスを行わないと、苦労して制度を導入しても思うような効果は得られません。残業がほとんどない業務部門に制度を導入しても残業は減りませんし、工場のラインのようにその部門の労働者がみな同じような働き方をしないと非効率になる部門に制度を導入すると、かえって生産性を下げかねません。

制度に向けた社内の仕組の整備

次は社内の仕組みの整備です。現状把握に基づいて見直しを行い、高度プロフェッショナル制度導入後の社内ルール・仕組や業務の進め方を設計します。社内の人事制度や給与の規定の見直しは当然、必要になります。さらに業務の進め方や業務の担い手の見直しも必要です。例えば制度の対象となると想定される人材が低付加価値の事務を行っているような業務プロセスがあれば、業務の担い手やプロセスを改めます。

対象者の給与水準の見直し

高度プロフェッショナル制度は単なる残業代削減のための制度ではありません。対象となるようなプロフェッショナルが、残業代が無くても納得感のある水準の給与を貰えないようでは労働者のモチベーション低下につながってしまいます。ですから、対象となる業務部門の現状の業務内容、労働時間、アウトプットの付加価値などを勘案して現状の給与水準を見直し、新制度下での給与水準を設定します。

プロフェッショナル」に関する認識の共有

「プロフェッショナル」は働き方に高度な自由が認められ、給与と成果の関係も密接になります。ある意味ではプロフェッショナルは社内における個人事業主となるのです。当然ながら、働き方の自由があると共に成果についての結果責任を問われます。この点についての覚悟を労使ともに持たないと、制度を導入しても同床異夢になって生産性向上にはつながりません。高度プロフェッショナルがどのような働き方をし、どのような成果を期待されるのかを明確にしておく必要があります。

高度プロフェッショナル制度を導入する経営者がやってはいけないこと

一言で言ってしまえば、経営者は制度さえ入れれば人件費が減少して生産性が上がると思ってはいけません。  

  1. 単なる人件費削減策と捉える
  2. 今の仕事のやり方のまま制度を形だけ導入する

ことは避けるべきです。

高度プロフェッショナル制度導入に際し経営者がやってはいけないこと

単なる人件費削減策と捉える

高度プロフェッショナル制度は人件費削減の手段ではありません。残業代の支払を減らすことで人件費を削減しようとして制度を導入しても、労働者のモチベーション低下や、社内における制度対応コストや管理コストの発生によって、結果的に生産性が下がってしまうリスクは高いと言えます。

高度プロフェッショナル制度はむしろ、自社の業務の実態に適した労働者の働き方を可能にし、労働者のモチベーションを高めるために導入すると考えるべきです。労働生産性=アウトプットの価値/労働インプットの価値(人件費)ですが、制度の導入は分母である人件費を小さくして生産性を上げるためではなく、現状と同じ人件費でも分子のアウトプットが増えることで生産性を上げるために行う、というくらいの認識が必要です。

今の仕事のやり方のまま制度を形だけ導入する

経営者がやるべきことの部分でも触れたように、高度プロフェッショナル制度の導入を生産性向上につなげるには、社内の業務プロセスやルール・仕組などの全面的な見直しを制度導入と同時に行う必要があります。今の仕事のやり方を維持したままで、制度を形だけ導入しても制度のデメリットが現れてしまうだけです。むしろ社内の業務プロセス改革、役割分担などの組織構造改革が先にあり、その改革を実現しながら労働者のモチベーションを高める手段の一つとして高度プロフェッショナル制度があると認識すべきです。

まとめ~高度プロフェッショナル制度を生産性向上につなげるために~

高度プロフェッショナル制度はその成立過程(国会での与野党対立や、データに関する役所側の不備など)におけるメディアの報道内容から(「残業代ゼロ法」という俗称も含めて)、一方的に企業に有利な制度のような印象を持っている人も多いのではないでしょうか。そのようなイメージに引きずられて、制度を導入すれば自社に良いことがあると経営者が無批判に信じ、導入自体を自己目的化してしまったのでは、上手くいかないばかりか逆にデメリットばかりが発生することになりかねません。

もちろん、従来のような「残業ありきの働き方」「残業代を稼ぐための意味の無い残業」といった、労働時間に関して日本企業にはびこる悪弊は見直されるべきです。ただし、そうした残業の削減のみが高度プロフェッショナル制度のゴールではありません。まず自社の生産性向上をゴールとして置き、社内の業務プロセス改革、役割分担などの組織構造改革を上位の概念として置いた上で、その改革を実現しながら労働者のモチベーションを高める手段の一つとして高度プロフェッショナル制度の導入を検討するべきです。

高度プロフェッショナル制度に関する議論が投げかけているのは、単なる残業代の問題だけではありません。高度プロフェッショナル制度の導入をきっかけに、経営者が自社の仕事の仕方をもう一度見直すことできれば、日本企業の生産性は改善し国際競争力も高まるのではないでしょうか。

参考文献

「働き方改革」の実現に向けて(厚生労働省)

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