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【イベントレポート】元楽天IR責任者が語るIR実践入門 ―経営者がおさえるべき、企業価値を高めるための4つのIR活動関連テーマ―

IPO・IR強化・鞍替え

23,000名(※2023年10月末時点)のプロの経験・知見を複数の企業でシェアし、経営課題を解決するプロシェアリングサービスを運営する当社では、毎月10回程度のウェビナーを開催しております。

会社を大きくしていく中でIRを積極的にしていきたいが具体的に何をすればいいかわからない皆様に向けて、楽天・NECグループ等で約15年に亘りIR活動に携わってきたIRのプロ 市川氏に、IR活動でおさえるべきポイントを楽天の事例とともにご紹介いただきました。
「IR活動のイメージが湧いていない」
「様々な投資家から問い合わせがくるが、どう対応していいかわからない」
こうしたお悩みを持つご担当者様はぜひご覧ください。

当日参加できなかった方、もう一度内容を振り返りたい方のために内容をまとめましたので、ご参考になれば幸いです。

市川 祐子氏

市川 祐子氏

元楽天IR責任者、楽天等でプレIPOからIR活動を土台にした事業成長まで幅広く経験してきたIRのプロ
マーケットリバー(株)代表取締役。『楽天IR戦記』著者。楽天、NECグループ等で約15年に亘りIR(インベスター・リレーションズ)、資金調達、東証一部上場準備等に従事。旭ダイヤモンド工業、クラシコム等にて社外役員を現任。一橋大HFLP非常勤講師。Institutional Investors Best IR Professionals 5年連続Top 3。経産省 企業報告ラボ企画委員、持続的成長に向けた長期投資研究会(伊藤レポート2.0)委員を務めた。

鈴木 貴大氏

鈴木 貴大氏

株式会社サーキュレーション プロシェアリング本部 マネジャー
大手人材紹介会社にてトップセールスとして活躍後、創業期のサーキュレーションへ入社。支社長として東海支社を立ち上げた後に独立。 フリーランスとして複数社で事業開発、営業統括、役員等を務めた後、再びサーキュレーションに参画。現在は首都圏のメガベンチャー・急成長IT企業を担当するセクションの責任者。最先端テクノロジーを駆使した新規事業開発、DX推進に向けた経営戦略策定~組織編成支援など変革プロジェクトの実績豊富。

板垣 和水

板垣 和水

イベント企画・記事編集
慶應義塾大学在籍中にITベンチャーでのインターンに2年間従事。オウンドメディアのSEOやチームマネジメント、100本以上の記事ディレクション/ライティングに携わる。卒業後サーキュレーションに入社し、プロ人材の経験知見のアセスメント業務とコンテンツマーケターとしてオンラインイベントの企画〜運営を推進。

※プロフィール情報は2022/01/18時点のものになります。

IR活動とは?一番の目的は「未来の資金調達のための準備」

IRとはInvestor Relationsの略称で、企業が株主や投資家に対して、投資判断に必要とされる財務状況や業績、今後の展望などを周知する広報活動全般を指す。では、その目的とは何なのか。今回のウェビナーは「IR実践入門」ということで、そんなIRの基礎情報の確認からスタートした。
NECグループや楽天で長年IR活動を行ってきた市川氏によれば、IRの目的とは一言でいうと「資金調達のための準備」であるという。

市川:IR活動を通して株価を高めると、資本コストが低くなります。良い形で資金調達を行い、企業の成長施策やM&A、投資、海外展開などに使っていく。これが本来の株式市場の役割であり、目的です。また、株での資金調達を行わない会社にとっても、過去に行った資金調達はあるはずです。資金提供をしてくれた人たちに対しては報告義務がある。これがIRです。

将来の資金調達の準備を行うために、持続的かつ適切な株主価値の向上を目指す。こうしたIR活動の副次効果として見込めるのが、ブランド力の向上や人材採用への好影響なのだ。

楽天の事例に学ぶ、IR活動が支える事業成長とは

では実際に市川氏は、楽天においてどのようなIR活動を行ってきたのか。今回はIR活動の目的とも紐付く「事業成長」という観点で、3つの成果を紹介していただいた。

[IR活動の成果1]金融事業の毀誉褒貶(きよほうへん)

1つ目が、金融事業の毀誉褒貶――世間からの評判にまつわる事例。簡単にいえば楽天が新たに金融事業に参入した際、株式市場から出た批判への対応だ。既存の金融事業には過払い債権などのリスクもあったことから、市川氏は投資家に対して「忍耐強いコミュニケーション」が必要だったと語る。

市川:過払い債権のリスクについては、毎四半期に投資家に情報を開示することで「リスクコントロールできる」というコミュニケーションを行いました。また、投資家との1on1ミーティングを通して金融事業と既存事業――ECとのシナジーがあることをも丁寧に説明しています。2年という長期間をかけて、これらを理解していただきました。
その後に行ったのが、過払いリスクのある既存事業の売却です。そこで一気に株価が上がり、金融事業に対する批判の声は極めて少なくなりました。忍耐強いコミュニケーションによって、株価が適正に上がっていったということです。

[IR活動の成果2]ヤフー・ショッピング無料化への対応

続いての事例は、楽天ショッピングの競合であるヤフー・ショッピングの動きに関するものだ。同社が出店料を無料化したことで、楽天の株価が一時的に下落した。

鈴木:やはり競合のニュースでも株が売られてしまうということなんですね。

市川:これは数週間ほどで回復しました。ヤフーさんの無料化で楽天から顧客が離れてしまうのではないかという懸念が生まれたわけですが、このとき大きかったのが「楽天とヤフーにはそれぞれ違う良さがある」と理解しているアナリストの方が大勢いてくれたことです。彼らから「ヤフーと楽天、両方に出店している出店者に話を聞いてみてはどうか」という提案を受け、出店者というステークホルダーを集めたスモールミーティングを国内外で行いました。
アナリストと関係性を作っていたこと、そしてスモールミーティングを2週間程度で実施できたことが、この事例の良かった点です。

[IR活動の成果3]グローバル・オファリングと海外M&A

次の事例が、グローバル・オファリングと海外M&Aだ。グローバル・オファリングとは、日本国内の市場以外に、海外市場でも株式の募集・売出しを行うことを指す。このときは2015年で、楽天は4度目の公募増資(IPO時を除く)だったという。時系列としては、2006年に国内公募を行って以来、9年間の間に金融事業の立ち上げなどの事業の発展やヤフー・ショッピングの無料化などへのIR対応があった流れだ。

市川:9年前に比べると株価は2倍ほどになっていたため、低い資本コストで1800億円の調達に成功。海外事業展開を強化しました。
このとき、投資家からの注文(*)がリストとして出てきたわけですが、その中に過去のIRで会った、知っている名前がたくさんありました。、「このためにIRはあるのだ」と実感したものです。IRはいざというときに大きな挑戦をするためにあるのだと考えていただければと思います。(*ブックビルディング。株式購入の需要申告)

企業の事業成長を支えるIR活動の5つのポイント

以上の事例を踏まえ、市川氏が考えるIRのポイントについても伺った。大きく「経営戦略の接続」「ストーリーの型」「投資家の理解」「IR活動の実務」「ロードマップ」の5つがあり、一つずつ解説していただく。

[Point.1]経営戦略とIR活動の接続

市川:先ほど申し上げたように、株価を上げるということは資本コストが下がるということです。その中でIR活動が関連する経営戦略とは、資本政策や株式以外の借入も含め他資本コスト、そして財務戦略です。こうした戦略とIR活動の関係は、一定程度、考えると良いのではと思います。

以下はグローバル・オファリングの資料の再掲だ。IR活動の延長線上にある資金調達と事業戦略のつながりを把握した上で、「大きな挑戦をする企業はより株式を使うべき」と市川氏は語る。

[Point.2]価値創造ストーリーの型を創る

次のポイントは「価値創造のストーリーの型を創る」だが、ここでは「楽天経済圏*」というビジネスモデルの名前を、IR活動として浸透させた事例を取り上げていただいた。(*現在は「楽天エコシステム」と呼んでいる)

市川:楽天経済圏にはさまざまなサービスがありますが、なぜそれをやっているのか、ガバナンスやESGはどうなっているのかなどを「ビジネスモデルの型」として創り上げると、KPIとストーリーをつなげて話しやすくなります。

ビジネスモデルの型の存在があるからこそ新規事業参入、あるいは撤退の意味付けがしやすくなり、株主・投資家へも格段に説明しやすくなるという。

[Point.3]機関投資家を理解する

鈴木:次のポイントは機関投資家を理解するということですが、彼らが「どういう人なのか」は、なかなか説明しにくそうですよね。

市川:そうですね。IRの現場に放り出された人は、機関投資家に対して「態度や質問が厳しい」と感じるかもしれませんが、これには理由があります。
プロの投資家は、皆さんの年金など、誰かのお金を預かって投資をしているので、失敗すれば即クビになります。だからこそ、細かいことを気にする人が多いんです。

また近年は、ESG重視のファンドも増えてきているという。

市川:ESGが重視されるのは、資金の出し手の価値観が反映されているからです。最近は株価のパフォーマンスを重視するタイプの投資とESGなどの価値観を重視するタイプの投資とが融合しているケースが非常に増えています。

[Point.4]IR活動の実務を実践する

一定、投資家への理解を深めた上で、担当者はIR活動の実務を行う。IR活動には大きく定例業務と非定例イベントの2種類があり、例えば定例業務では株主総会や決算説明会、各種ミーティング、1on1、面談など投資家への説明機会を行うことが多い。これに加えて、非定例イベントとしてIPOや鞍替え、M&A、新規事業立ち上げ・撤退、公募増資、役員の交代など企業の動きに応じた対応が求められる。
非定例イベントの例を挙げると、楽天は東証一部上場(鞍替え)の際、IR活動として以下のような対応が求められたという。

市川:やはり非定例イベントでは業務が増えるので、このときは通常のIR担当者とは別に、2名専任で人員を追加しました。企業規模にもよりますが、非定例業務が発生する場合は別途リソースを配分したほうが良いかと思います。

[Point.5]プライムまでのロードマップを押さえる

最後のポイントが、時価総額1000億円以上、いわゆるプライム市場に至るまでのロードマップを押さえておくということだ。

市川:時価総額1000億円未満の企業にとって大事なのは、売買高です。1000億円に達するなら、経常利益数10億、売買高は1日10億円ほどが求められます。

1000億円を超えるまでは売買高が重要なKPIとなり、それ以上になったら株主層を見るべきだという。また、フェーズに応じてIR体制も変えていくのが通常だ。

市川:四半期あたりのミーティング件数が30~40件程度であれば担当者は兼任でも構いませんが、それを超えてきたら1~2人。時価総額が500億円を超えた辺りから株主に海外機関投資家が増えてくるので、英語対応も含めてチームアップをして、2~3人。1000億円で4人ほどが私の考える標準です。

経営者が重視すべき4つのIR活動関連テーマ

最初にご紹介した「経営戦略とIR活動の接続の設計」に関して、さらに深堀りしたいテーマが4つある。それが「資本政策」「資本コスト」「財務戦略」、そして「大株主対応」だ。

[Theme.1]資本政策―どんな属性の株主にいつ保有してもらいたいか

まず資本政策とは、事業計画を推進する資金調達と株主構成計画のことだ。市川氏が知るとある経営者は、「株主の質が経営の質になる」というほど、自社の株をどんな株主に保有してほしいかは重要だという。

市川:やはり長期で応援してくれる、あるいは短期でも良いインサイトをくれる人に株主になってもらったほうが、経営の質は上がります。また事業パートナーに関しては例えば任天堂とDeNAのように好事例もありますから、ここも良い相手を押さえるのがIRだと感じます。

[Theme.2]資本コスト―株価とリターンが適正かを把握する

資本コストに関して重要なのは、現在の株価とリターン――ROEやROAが適正かを把握することだ。ROEとは自己資本利益率、ROAは総資産利益率のことで、簡単に言えばROEとは自己資本のみで生んだ利益を、ROAは総資産を使って生まれた利益を示す指標だ。

鈴木:ここは少し難しそうですが……。

市川:触りだけお伝えすると、まず株主は自分が投資したお金を返済してもらえる保証がありません。配当で返してもらうか株価が上がったときに売るか、どちらかの期待しかありませんよね。そうなると、借り入れの利息よりも高いリターンがほしいはずです。

鈴木:そうですね。

市川:「伊藤レポート」にはコミットすべきROEは8%という数字もありますが、現時点の日本企業の多くは5~8%です。「赤字でなければいい」ではないのです。ROEを上げ、将来的にきちんとキャッシュフローで返すことを考えなければいけません。スライドには(株主資本コストとして)CAPM(資本資産価格モデル)と書いてありますが、ROEは株主資本コストよりも高くあるべき、ROAはWACC(加重平均資本コスト)よりも高くあるべき……といったことを投資家も望んでいます。こうした会話が出てきたときのために、自分たちのリターン(ROE、ROA)や資本コストについて把握しておきましょう。

[Theme.3]財務戦略―どんな方法で資金調達し、どう使うか

鈴木:財務戦略の部分では、CFOという役職も最近はよく聞くようになりました。彼らがどんな仕事をしているかも含めて教えていただければと思います。

市川:これは米国の大手機関投資家に言われたことですが、CFOの仕事というのはキャピタル・アロケーション(資金配分)だそうです。例えば資本コストはデット(銀行等からの借り入れ)のほうが低く、エクイティ(投資家からの株式による資本調達)のほうが高いので、エクイティのほうをリスクマネーとして大きなチャレンジに使うといったこともそうです。
どう使うかも大事ですね。複数の事業にまんべんなく投資をするのではなく、未来のある事業により多く配分する。当たり前のことですが、これがCFOの仕事です。

[Theme.4]大株主対応―経営者が直接語る重要性を理解する

最後のテーマは大株主対応で、これこそ経営者がやるべきIR活動だという。

市川:同じことを言っても全く伝わり方が違うので、大株主対応は社長でなければなりません。例えば私が代表の三木谷さんの真似をして何か言っても、「それはあなたが聞いたことでしょ?」と言われてしまいます。

市川:ではどんなときに社長が登場するかというと、まずは決算の後の定期的な面談です。大事な株主には年に1~2回、国内なら4回ということもあります。それからM&Aや新規事業立ち上げ時など組織が大きく変わったとき、株主総会前にキーとなる役員が交代したとき、さらに買収防衛策など議案に難しい問題があったときも出向きましょう。そしてESG説明会などです。担当役員でもいいのですが、社長がESGに対して「なぜ自社がやるのか」という「Why」の部分を語ると、非常に効果があります。

鈴木:価値創造ストーリーを作り込むということですね。

市川:その通りです。

元楽天IR責任者が語るIR実践入門まとめ

今回のウェビナーのポイントを、以下のようにまとめた。

市川:まとめとしてインベストメント・チェーンという言葉を使わせていただきました。企業と株主は単に投資する側・される側ではなく、パートナーのようなものです。お互いがしっかり対話すると良い形で資本を調達できて、企業は成長投資をして何かの課題を解決できる。そこで利益が出ればみんなが豊かになる。これは、誰かの年金を預かっているような投資家にとっても高いリターンが出て、結果として多くの人の資産形成につながるということです。
このインベストメント・チェーンをしっかり動かすことが日本にとって重要であり、その起点が「対話」であると考えています。

今回ご紹介したウェビナーで使用した資料は、未公開部分も含め以下のリンクからDLできます。元楽天IR責任者が語るIR実践入門にご興味を持たれた方は、ぜひご活用ください。

【無料ホワイトペーパー】
元楽天IR責任者が語るIR実践入門 ―経営者がおさえるべき、企業価値を高めるための4つのIR活動関連テーマ―
本ホワイトペーパーは、2022年1月18日に開催したウェビナー資料のダイジェスト版となります。楽天・NECグループ等で約15年に亘りIR活動に携わってきたIRのプロ 市川氏のご経験をもとに、IR活動での実践的なノウハウをご紹介しております。