【イベントレポート】SaaS事業の創り方 ―18ヶ月解約0のメガベンチャー企業事例に学ぶ、立ち上げ時の壁を乗り越える3つのポイント―
23,000名(※2023年10月末時点)のプロの経験・知見を複数の企業でシェアし、経営課題を解決するプロシェアリングサービスを運営する当社では、毎月10回程度のウェビナーを開催しております。
2021/11/25回では、続々と立ち上がるSaaSビジネスの波に乗り遅れたくないとお考えの皆様に向けて
ビズリーチにてSaaS事業立ち上げ実績がある明石氏に、SaaS事業立ち上げ確度の高め方をご紹介いただきました。
「SaaS事業の立ち上げを検討しているが進め方がわからない」
「プロジェクトマネージャーに的確なフィードバックができない」
こうしたお悩みを持つご担当者様はぜひご覧ください。
当日参加できなかった方、もう一度内容を振り返りたい方のために内容をまとめましたので、ご参考になれば幸いです。
明石 衛氏
SaaS立ち上げの経験豊富な事業開発のプロ
三菱経済研究所を経て入社したBCGで新規事業の立ち上げプロジェクトやコストカット等のプロジェクトに参画。 ビズリーチではサイバーセキュリティ×SaaS事業「yamory」の新規立ち上げ、組織組成をPMとして牽引。現在は株式会社リテイギ(旧株式会社オプトデジタル)にてSaaS事業立ち上げ中。新規事業立ち上げにおいてPMや初期販路開拓などの攻めと、特許や利用規約・法務業務などの守りも経験している事業開発のプロ。
中村 侑太郎
プロシェアリング本部 ビジネスデベロップメント部 エンタープライズ推進チーム マネジャー
新卒で大手人材紹介会社に入社しメディア媒体の営業を経験後、全社人事に抜擢され北海道・九州地方のエリアマネジャーとして新卒200名以上の採用業務全般を推進。その後当時20名規模のサーキュレーションに入社し製造業向けプロシェアリングコンサル部門の垂直立ち上げに貢献。全社採用責任者を経て現在はマネジャーとしてナショナルクライアント向けコンサルティング部隊を統括。
新井 みゆ
イベント企画・記事編集
新卒で入社した信託銀行では資産管理業務・法人営業・ファンド組成の企画業務に従事。「知のめぐりを良くする」というサーキュレーションのミッションに共感し参画。約1500名のプロ人材の経験知見のアセスメント経験を活かし、サービスブランディング、イベント企画等オンライン/オフラインを融合させた各種マーケティング業務を推進。
※プロフィール情報は2021/11/25時点のものになります。
Contents
SaaSの立ち位置と市場の現状とは?
テレワークの浸透やDXの文脈でSaaSの注目度が高まっている
SaaSの存在が市場に浸透して既に久しいが、SaaS事業について考える前に今一度、SaaSがどのようなサービスなのかを振り返っておきたい。
SaaSに類似したPaaS、IaaS、そしてオンプレミスと比較すると、SaaSは「最もサービス・プロバイダーに任せる領域が多いサービス」であるといえる。カバーされている範囲が広い分、運用管理や構築の手間を押さえられるのが最たる特徴であり、買い切りではなく継続利用するサブスク型を基本とする。
SaaS市場のトレンドは、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行を受けて大きく変化した。テレワークが進むことによって企業の働き方が大きく変化し、オンライン営業やオンライン組織化を含めたDXの一貫として、SaaSビジネスが注目されるようになったのだ。
国内でも右肩上がりの成長を続けるSaaS市場
ファクトデータを見ても、SaaS市場は右肩上がりの成長を続けている。2024年には約1兆1200億円もの規模へ拡大する見込みで、一方のパッケージ比率が減少傾向にあることを鑑みても、SaaS市場は非常にチャンスのある業界だと見て取れる。
企業の時価総額の累計で見るとおおよそ3.6兆円近い規模に登り、特にホリゾンタル――職種特化型SaaSの盛り上がりは著しい。
以上の市況から、多くの企業が今後もSaaS事業の立ち上げに乗り出すことが予測される。その中で、いかにしてSaaS事業をスピーディに立ち上げるのか――。今回はこの観点で、明石氏にお話を伺った。
メガベンチャー企業のサイバーセキュリティ×SaaS立ち上げ事例
明石氏は大学院の博士課程を経てBCGに入社。4年間コンサル業務に従事した後、フロムスクラッチ(現データX)に転職し、開発PM的に活躍した。その後、ビズリーチ(現ビジョナルインキュベーション)で新規事業「yamory」の立ち上げを経験し、現在はオプトデジタル(現リテイギ)で新規事業立案に携わっている。
今回のウェビナーでは、明石氏が手掛けたSaaSプロダクトyamoryの事例を基に、SaaS事業立ち上げのポイントを解説していただいた。
約9ヶ月でリリースに至り、以後1年半チャーンレート0を記録したyamory
yamoryはセキュリティ系のSaaSで、簡単に言えばシステム内のOSS脆弱性を自動で可視化・管理する開発エンジニア向けのツールだ。
yamoryのプロジェクトはアイデアしかない状態からスタートし、会社としてやるべき事業として認識され、新規事業として形になった。その上で、約9ヶ月というスピードリリースに加え、リリースから1年半チャーンレート0という実績を残している。
市場の声を拾いに行くことを重視しロードマップをスピーディに進行
yamoryは目覚ましい成果を上げたSaaS事業だが、リリースに至るまでの大きな流れ自体は、一般的なSaaSと変わらないという。
上記のロードマップのうち、明石氏が担ったのは事前調査からリリースまで、ビジネスに携わるタスク全般だ。
中村:着手から9ヶ月でリリースというのは、当初から予定していたのでしょうか?
明石:いえ、着手段階では早く出そうとは考えていませんでした。ただ、お客様であるエンジニアの方の性質上、ツールをプロトタイプで出しても使い続けて、改善を待ったり応援をしたりしてくれる、「一緒に開発をしていきましょう」という風潮が強かったんです。
だったら早く出して市場の声を取りに行ったほうがいいだろうという判断でミニマムでリリースしたら、9ヶ月になったという感じです。
ステークホルダーと丁寧なコミュニケーションを重ね支援者となってもらった
プロジェクト体制はビジネスサイドに明石氏が1名、開発メンバー8名で進められたほか、社内外のステークホルダーとのコミュニケーションもあったという。
中村:ステークホルダーとのコミュニケーションで苦労されたことはありますか?
明石:yamoryは非常にわかりづらいツールなので、ビジネスサイドの理解を得るには時間がかかりました。例えば社長に対しては、リリース前に私が1対1でプロダクトについて説明をしています。最終的には、サービスを理解してくれて、その上で応援をしてくれる形になったので、立ち上げ期に社内の理解を得るというのはかなり重要だと感じました。
チャーンレート0を達成した要因は「顧客とのコミュニティ」
中村:そしてリリースをしてから1年半チャーンレート0というのは、なかなか聞かない数字だと思います。これはなぜ達成できたのか、ポイントを教えていただけますか?
明石:お客様と一緒にプロダクトを作っていくという感覚と、近い距離感を築けたからでしょうか。具体的にはSlackのコミュニティを作りました。お客様もエンジニアなので、問い合わせフォームよりもSlackのほうが質問や要望を伝えやすいんです。お客様と開発エンジニアが直接会話する場を設けたことで、信頼感も増しました。
こういった形でお客様に合わせたカスタマーサポートの窓口を作ったことと、やり取りの積み重ねが大きかったのだと思います。
SaaS事業立ち上げ時に生じる壁と乗り越え方
続いてはyamoryの開発において、明石氏がどのような壁に直面したのかについて教えていただいた。大きくは予算、ターゲット設定、プライシング、契約・利用規約策定、営業体制、カスタマーサポートという6つの壁があったそうだが、今回は特に以下の3項目について詳しくお伺いする。
壁1.ターゲット選定:声を聞くべき優良顧客のリストアップができない
SaaSは継続利用が前提にあるため、顧客の満足度を高めるために常に「お客様の声」を拾わなければならない。しかしyamoryの開発当初は、実際に声を聞くべき優良顧客のリストアップができないという壁が生じたという。
中村:声を聞くべき優良顧客とは、どのような方々なのでしょうか?
明石:事業によって変わりますが、「将来的に使い続けてくれる人」です。日本の場合はセキュリティ体制がまだ出来上がっていないので、CTOや総務、情シスの方がセキュリティを兼務する場合があります。そうなると、彼らは組織が変わったときにサービスを使い続けてくれないかもしれません。
だとしたら。我々が取りに行くべきなのは現段階においてすでにプロダクトのセキュリティ専任者を立てている組織であり、その責任者です。こういった要素をかなり具体化して詰めました。
壁2.プライシング:リリース時の価格に固執しPoCが回せない
SaaS事業においてもう一点悩みの種となるのが、プライシングだ。すでに競合他社の類似サービスが存在している場合はそこに合わせる手があるが、ブルーオーシャンであればあるほど、値付けは難しくなる。
中村:企画時点で設計していた価格にこだわるよりも、あくまで顧客に使ってもらえる価格設定にすべきだということだと思いますが、明石さんが実際にプライシングする際に意識されたポイントはありますか?
明石:yamoryは新規事業であり日本には同様のサービスをやっている企業がなかったので、お客様自身もセキュリティにいくら使ったらいいのかがわかりません。またこれからセキュリティに取り組む場合は代替ではない分コストが純増することになりますから、仮説と検証を繰り返すしかありませんでした。
我々の場合は、海外の競合プライシングに合わせた高い価格でスタートしましたが、日本はまだ文化がないため、高すぎました。そこで一旦かなり安くすることで多くの企業に使ってもらい、利用状況に合わせて「これくらい使っているならこれくらいの価格では」という仮説を当て、検証し続けました。その結果、徐々に価格に納得してくれるお客様が現れたという形です。
壁3. 契約・利用規約策定:社内の法務のみと相談し作成しようとしても進まない
yamoryの場合は、ビジネスサイドのメンバーとして明石氏自身がリーガル回りの策定も進めたという。ただしこれは結果論であり、実際に策定を進めるまでには紆余曲折があったそうだ。
明石:早い段階からお客様にプロトタイプをおすすめする中では、例えば「ソースコードを取得されてしまうのではないか」「ビズリーチ側ではどんなファイルを保存しておくのか」など、たくさんの懸念をいただきました。サイバーセキュリティに関してエンジニアの方は感度が高いですし、わからないからこそ不安が出てくるということです。そこでCTOなどの有識者の方に話を聞いたところ、「そういったことは利用規約に書くべきだ」という声をいただき、その上で法務に相談に行くという流れになりました。
やはり法務の方は現場の声を聞いていませんから、利用規約も事業責任者が書くべきだと強く感じましたね。手戻りも少なかったですし。意思決定のスピードも速かったと感じます。
まとめ:yamoryはエンジニアの声が企業の意思決定につながった希少なケース
ここまでの内容を簡単にまとめると、以下のようになる。
yamoryの場合は、現場でツールを運用するエンジニアの方の声が壁を乗り越えるために用いられ、そのまま企業の意思決定につながり事業化した、珍しいケースだったと言えるだろう。
SaaSを1年でリリースするために意識したい3つのポイント
さて、明石氏の事例のように1年未満という期間でSaaS事業を立ち上げ、成功させるのは容易ではない。明石氏が担った業務範囲にあったように、ビジネスはもちろん開発サイドにもこなすべきタスクは山積みされており、実際にはリリースまでに1~2年かかるのが通常だからだ。
立ち上げ期間を短縮する、さらにスピーディな体制も構築する。この2つの課題を解消するために意識したいのが、以下の3つのポイントだという。それぞれの内容について、明石氏に解説していただいた。
Point.1:開発とビジネスをアジャイルで進める
中村:アジャイルは開発工程を段階的に進めるウォーターフォールとよく比較されますが、SaaS事業をアジャイル開発で進めたほうが良い意図は何でしょうか?
明石:SaaSは改善を継続していかなければならないプロダクトですから、アジャイルを導入することでそれがやりやすいのが大きなメリットですね。さらに改善を高速で行うとなれば開発スピードも求められますが、アジャイルならウォーターフォールに比べて手戻りが発生しづらいという特徴もあります。
Point.2: 2種類の顧客ドリブンで顧客の声を拾う
中村:では、顧客の声の拾い方についてはいかがでしょうか。スライドでは「顧客のITリテラシー」を起点に巻き込み型、提案型という2つの型を提示いただいています。これはどのようなアプローチの違いがあるのでしょうか?
明石:「巻き込み型」でお客様の声を拾うパターンは、まさにyamoryのお客様を想定しています。普段からツールを使いこなしているエンジニアだからこそ、積極的にアドバイスやアイデアをもらえる。何より彼らはSaaSがどんどん改善されていくものだと知っているので、機能も未熟、バグも出る状態で提供したとしても、許容してくれます。「このツールは自分が育てた」が出るので、むしろファンになってくれる部分もありますね。
一方でITリテラシーが低い業界、具体的にはまだ電話やFAXの連絡が主で紙文化が浸透している業界ですと、プロダクトを提供しても向こうからアイデアは出てきません。それどころかあまり完成度の低いものを出すと「使えない」と切られてしまいます。ある程度プロダクトを完成させた上で「こういう機能をこう使うと便利になりますよ」という提案までしないと、なかなか刺さらないのです。
巻き込み型と提案型のどちらも、適切なタイミングでプロダクトを提供すればファンにはなってくれます。リテラシーによって適したタイミングがあるので、それを使い分けるということです。
Point.3:開発とビジネスが共通言語で対話する
3つ目のポイントは、共通言語での対話をすること。明石氏からは対話のツールとして、リーンキャンバスを取り上げていただいた。
リーンキャンバスとは、起業家であり「RUNNING LEAN」の著者であるアッシュ・マウリャ氏によって提唱されたフレームワークだ。ビジネスモデルを9つの要素に分けて考え、仮説・検証サイクルを効率化するために用いられる。
明石:リーンキャンバスを使うメリットは、何かあれば「ここに立ち返られる」ということです。事業が進んでいくと、開発とビジネスサイドで微妙に方向がズレていくという現象がどうしても起こります。そのときにリーンキャンバスを作っておけば、自分たちの顧客セグメントは誰で、圧倒的優位性は何だったのかというところにすぐに立ち返り、修正できます。PDCAを素早く回すための起点になってくれるということですね。
気を付けるべきポイントは、リーンキャンバスを作って放置しないことです。きちんと作成した意味を理解して、使い続けるのが大事ですね。
実際にyamoryの開発時に使用されたのが、以下の内容だ。リーンキャンバスが共通言語になり、開発とビジネスが一緒に内容をアップデートするなど、スムーズに意思疎通ができたという。
SaaS事業の創り方まとめ
今回のウェビナーのポイントを、以下の3点にまとめた。
SaaS事業を立ち上げる中で今回ご紹介したような課題にぶつかった場合は、明石氏のようなプロ人材を交えてプロジェクトを進めることも、解決策の一つとなるだろう。
今回ご紹介したウェビナーで使用した資料は、未公開部分も含め以下のリンクからDLできます。SaaS事業の創り方にご興味を持たれた方は、ぜひご活用ください。