【イベントレポート】デザイン思考×新規事業 ―10年先を見据えた事業を生み出せる組織へ変革する3つのポイントとは?―
23,000名(※2023年10月末時点)のプロの経験・知見を複数の企業でシェアし、経営課題を解決するプロシェアリングサービスを運営する当社では、毎月10回程度のウェビナーを開催しております。
2021/10/12回では、新規事業責任者・経営企画責任者の皆様に向けて、デザイン思考やアート思考を活用してトヨタやソフトバンクの新規事業創出を支援してきた柴田氏に、デザイン思考を用いた、10年先を見据えた新規事業を創出できる組織への変革ポイントご紹介いただきました。
「社内から新規事業のアイディアは出てくるが、グロースしたものがこの1年で1つもない」
こうしたお悩みを持つご担当者様はぜひご覧ください。
当日参加できなかった方、もう一度内容を振り返りたい方のために内容をまとめましたので、ご参考になれば幸いです。
柴田 雄一郎氏
アート×デザイン思考講師 イノベーションデザイナー
トヨタ自動車・ソフトバンク・ゼンリン他企業の新規事業立ち上げや内閣府のビッグデータビジュアライズ「地域経済分析システム(RESAS)」のPM、様々な業種の新規事業立ち上げ専門のコンサルティングやプロジェクトマネージャーを担当。「アート×デザイン思考セミナー」はスキルシェアサイト「ストリートアカデミー」でビジネススキルのジャンルで全国2位を獲得。2020年優秀講座賞を受賞。ビジネス研修実績として㈱グッドパッチ、日本ロレアル㈱、日本通運㈱、㈱オカムラ、アルケア㈱他。また、地域活性を目的にしたアートフェス、野外音楽フェスのプロデュースの他、自らアーティストとしても活躍。
村田 拓紀
株式会社サーキュレーション プロシェアリング本部
FLEXY部マネジャー
中古車のマーケットプレイスシェア首位の企業にて拠点責任者、営業戦略策定、メンバーの採用から育成まで幅広く従事。IT企業を経てサーキュレーションに参画。現在はIT戦略における中期ロードマップ策定、IT企画人材育成に向けた技術顧問活用プロジェクトなどDX推進に舵を切る多くの企業を支援。
新井 みゆ
イベント企画・記事編集
新卒で入社した信託銀行では資産管理業務・法人営業・ファンド組成の企画業務に従事。「知のめぐりを良くする」というサーキュレーションのミッションに共感し参画。約1500名のプロ人材の経験知見のアセスメント経験を活かし、サービスブランディング、イベント企画等オンライン/オフラインを融合させた各種マーケティング業務を推進。
※プロフィール情報は2021/10/12時点のものになります。
Contents
なぜ今、新規事業でデザイン思考が必要とされているのか
ユーザーニーズは「モノ売り」から「コト売り」、さらに「社会意義」へ
世の中のユーザーニーズは、近年大きな変化を遂げた。大量生産・大量販売が当たり前だった「モノ売り」の時代はすでに終わり、現在はユーザー起点で課題を解決する「コト売り」の時代だと言われている。
SDGsやESG投資の加速化を見るに、将来的にはコト売りからさらに事業の「社会意義」が問われることになっていくと予想できるだろう。今後、企業が新規事業を展開していくにあたっても、大きな潮流の変化に沿った「10年先を見据えたアイデア」が求められる。
新規事業の投資コストが低減された今こそ有効な「デザイン思考」の意味とは?
実際に新規事業を立ち上げる際に注目されているのが「デザイン思考」だ。デザイン思考とは、文字通りデザイナーをはじめとしたクリエイターが用いる思考プロセスのことで、現在は大手グローバル企業が取り入れている。デザイン思考は「ユーザー視点」を用いて未知の課題を解決していく特徴を持ち、前述の「コト売り」に必要な文脈を満たしていると言える。
そのほかにもデザイン思考が注目される理由として大きいのが、技術進化による投資コストの低減だ。新規事業を起こすにあたり、3Dプリンターなどを用いたプロトタイピングによるニーズ検証が容易になっている。デザイン思考のプロセスは試作やテストを繰り返して進められるため、低コストで検証が可能な現在の状況が、デザイン思考にマッチしているのだ。
デザイン思考を経営戦略に取り入れた企業は成長傾向
デザイン思考を経営戦略に取り入れることによって、実際に企業の株価が上昇しているという定量データもある。
データでは10年間で228%も向上しているが、これは実は北米市場における2013年時点のもの。グローバルでは早期からデザイン思考が取り入れられており、日本にも10年遅れてようやく同様の潮流が訪れたのだと考えられる。
アート×デザイン思考を活用した新規事業事例
常に時代の最先端を探り、10年先まで見据えた新規事業を立ち上げてきた柴田氏
アート×思考講師兼イノベーションデザイナーである柴田氏は、フリーエージェントとしてデザイン思考のみならず、アート思考も用いて数多くの新規事業の立ち上げを行ってきた人物だ。アート思考とは、ユーザー起点のデザイン思考に対して「自分起点」の思考法だと捉えるとわかりやすい。
現在は「アート思考のニーズが高まってきたと感じる」と柴田氏。実際にデザイン思考やアート思考を新規事業に取り入れようとするならどのようなプロセスで事業を描くのが最適なのか、事例を交えてたっぷり伺った。
【事例1】2006年に自動車メーカーで立ち上げた、iPodと車を「つなげる」新規事業
若者の車離れに対し、やがて到来する「動画を持ち運ぶ時代」を結び付けた
最初にご紹介するのが、自動車メーカーで立ち上げた新規事業の事例だ。2006年当時、柴田氏は若者の車離れという課題に対し、モバイル音楽デバイス――iPodと、車のナビゲーションをつなげることを発案した。
柴田:若者のニーズとしての車の価値をどう変えていくのかという、大きなテーマがありました。当時はiPod第5世代が登場しており、初めて動画を再生できるようになった頃です。さらに2007年にはYouTubeがスタートしています。これは今後動画の時代が来るだろうと考え、動画とiPod、車を結び付けたら何ができるかと妄想しました。
そのときに発想したのが、「プレイヤーの中でドライブ映像を再生する」というアイデアです。その上で映像の中でたどるドライブルートを、そのままカーナビがナビゲーションしてくれるようにしました。
車の本質まで考えたアイデアが現在のコネクテッドカー・IoT事業創出の基盤に
ニーズを先読みして新規事業を立ち上げた柴田氏だったが、どのようなプロセスでアイデアを出し、事業と結び付けたのか。ここでは、「自分軸」「他人軸」「妄想軸」という3つの領域が登場する。
柴田:私はもともと車があまり好きではありません。そんな自分がどうすれば車を好きになるか、楽しくなるか。若者というテーマはありつつも、本質的なニーズを俯瞰した人間の本能的な部分から発想をしていきました。
村田:インサイトを発見していく上では、どちらかというとアート思考に寄っているんですね。この新規事業ではあえてペルソナを廃止したとも伺っていますが、どのような意図だったのでしょうか?
柴田:「若者」というペルソナを設定してフォーカスしてしまうと、誰が考えても同じものしか出てきません。これは、デザイン思考自体がコモデティ化する原因ですね。ですから「若者に売る」というよりは、「車とは何か」から発想していき、次にようやくデザイン思考を用いて、若者のライフスタイルなどに事業を落とし込んでいきました。
結果として、柴田氏が2006年に発想した「つなげる」を目的としたサービス実装は、現在のコネクテッドカーやIoT事業創出の基盤となっている。
【事例2】地域経済分析システム「RESAS」の開発
短納期でプロジェクトを進めるために組成された「創造的で自律したチーム」
もう一つご紹介するのが、国が持つビッグデータを用いた地方創生のための地域経済分析システム「RESAS」の事例だ。地方創生予算をしっかり地方に有効活用してもらうために、ビッグデータをビジュアライズした点が、当時はかなり先進的なコンセプトだった。
村田:この事例が面白いのは、構想に本来なら2年かかるようなものを、半年でやらなければならなかったということです。以下のスライドにも記載しましたが、このとき柴田さんはアジャイルでやればなんとかなると考えていたのでしょうか?
柴田:私の場合はいつも切羽詰まっていて、どうしようかと思って採った方法が実はアジャイルだった、デザイン、アート思考だったということが多いんです。当時もアジャイルについてはよくわかっていなかったのですが、単純に考えて2年かけられたとしても完成度の高いものをいきなり出すなら、仕様書を書いている時間はありません。すると必然的にウォーターフォールではなく、その場で作っていくような即興の方法になるんです。
アジャイル型でプロジェクトを進めるにあたり重要だったのが、創造的で自律したチームの組成だ。柴田氏は従来のウォーターフォール型の組織が「クラシック型」「野球型」であるのに対し、アジャイル型は「Jazz型」「サッカー型」であると例える。
柴田:スピードを出すには、直感的かつ自律分散型でなければいけません。音楽におけるクラシック型は、指揮者が存在して再現することを重視しています。一方でJazz型はテーマを決めた上で、それぞれのアーティストが自律して自分のパートを自由に演奏していく。ゴールは見えていても、プロセスは自分で考えるということです。スポーツに例える場合も同じで、野球には監督の指示に従うヒエラルキー構造がある一方、サッカーはそれぞれが考えながら動く分散型です。
短期間でクライアントニーズを実現するには、このようにメンバーが自律して考えて進化していき、最終的に固める必要があります。
このとき重要なのが、PMが人事権を持つという点だ。メンバー一人ひとりと1on1でよく話し合い、プロジェクトに対して面白さを感じてくれる人をアサインすることで、短期集中で新しいものを生み出す組織が出来上がったのだという。
アジャイルでスピード開発を実施した結果12種以上のビッグデータをビジュアライズ
RESASの事例では結果として、12種類以上のビッグデータのビジュアライズに成功。地域課題の把握に貢献するシステムが誕生した。
このようにアート思考、デザイン思考を用いた新規事業開発を円滑に進めるには、当然ながら組織の人材が動きやすくなるような、組織そのものの変革も求められる。
そこで以下では、デザイン思考を用いながら新規事業を生み出す組織への変革ポイントについても伺った。
10年先を見据えた新規事業を生み出す組織への変革ポイントとは?
まず重要なのは、ここまでにも述べてきた通りアート思考とデザイン思考で考えることだ。そして広げたアイデアを実現可能なものに落とし込む、ロジカル思考も適切に用いなければならない。
この中でキーファクターとなるのが、組織の人才と心理的安全性、パーパスであると柴田氏。それぞれの要素について、詳しく解説いただいた。
3つの重要な思考法「クリエイティブ・マネジメント」
直感や共感、理論・整理をバランス良く組み合わせたマネジメントが必須
前提として、柴田氏は3つの思考法を「クリエイティブ・マネジメント」という言葉を用いて説明している。これはどういうことなのか。
柴田:今はアート思考が注目されていますが、アート思考ばかりで考えていても、妄想ばかりで空中分解してしまいます。また、デザイン思考は「共感」してユーザーニーズを実現するものですが、ユーザーを見すぎてもアウトプットがコモデティ化してしまう。そしてロジカル思考、すなわち論理的思考は非常に大事ではありますが、それだけではやはり新しいものは生まれてきません。VUCAの時代、過去のデータもあてになりませんからね。
合理的に生産をすれば売れた時代はロジカル思考でしたが、それだけでは足りなくなったのでデザイン思考でユーザーニーズを実現させたところ、モノが飽和してしまった。そこで本質的に欲しいモノを新たに生み出すために必要とされたのが、アート思考なのです。
柴田:ただし、どれが一番重要だとは言えません。これら3つをバランス良く使わないと、新しい事業は生み出せないのです。ロジカル、デザイン、アートをマネジメントしていく思考法が、実は重要なのではと思います。
自分軸の発想を他人軸で検証し、論理的に実現可能性を探るプロセスを経る
では実際にアート、デザイン、そしてロジカル思考を用いる際にはどのようなプロセスで考えていくべきなのか。柴田氏が提案するのが、アート思考から始めるやり方だ。
柴田:もちろんデザイン思考から始める場合もありますが、やはり自分が社会に対してやりたいことができる環境というのは、モチベーションや持続可能性が上がります。アート思考はどちらかというと自分軸で発想をしていくものなので、自分ごとになるわけです。
村田:アート思考を用いて自分軸で考え発想したものに対し、いわゆるプロトタイピングやテストマーケティングを実施して、顧客課題と合致しているか検証する。ここでデザイン思考を使うということでしょうか?
柴田:はい。デザイン思考は絶対的に必要ですが、他人軸ばかり考えてしまっていたら、本質に戻る。デザインとアートを行ったり来たりします。
村田:そして、本当にエビデンスがあるのか、生産工程に持っていけるのかといった実現可能性を確認するところには、ロジカル思考を使わないといけないことですね。
村田:アイデアの可能性を潰すNGワードとして、スライドに「それは、儲かるのか?」と記載いただいていますが、これはどういうことですか?
柴田:例えばイノベーティブな商品は、論理的に解釈をした時点でNGを食らうものが多いです。「こんなの、誰も買わないだろう」と。新規事業が必要だと言いながら、企業のトップは出てきたものに対していきなりロジカルに戻って否定してしまう。すると、何も進まなくなってしまいます。
新規事業は「千三つ」と言われるように千に三つしか成功しないレベルのものですから、すぐに儲けを求められては、新規事業部は心理的限界を感じたり、学習性無力感に陥ってしまったりする危険性があります。やはり、アート思考デザイン思考の段階では、ロジカル思考は控えたほうがいいでしょう。
村田:ロジカルにやらない、儲けないということではなく、ロジカル思考を使う場所を考えるということですね。
新規事業を生み出し続ける組織に必要な3つのキーファクター
クリエイティブ・マネジメントを行える組織を作るために必要な3つのキーファクターは、改めて以下の通り。指示を待つのではなく自律的に意思決定をしていく人才と、そのアイデアを受け入れるような組織文化――そのための心理的安全性の担保、何のために新規事業を行うのかというパーパスが求められる。
【人才】思考法と同様、アート・デザイン・ロジックのバランスを取ること
まず柴田氏は、必要な人才をイノベーター、マネージャー、フォロワーの3種類に分けた上で、思考法と同じくバランスを重視している。
柴田:会社の中には「ちょっと変わった人」がいますよね。アート思考を持っていて発想が豊かだけど、ロジカルではない。そういう人は、イノベーターの気質を持っています。イノベーターのフォロワーとしてロジカルな人たちをマネージャーがつながないと、チームとして成り立ちません。
新しいことを生み出す人と、新しいことは生み出せないが理解できればしっかりやってくれる人を、マネ―ジャーが中核となって共感の輪を作る。私は経験的にこういうチームの組成を意識しています。
【組織文化】誰でもアイデアを受け入れる「ひらめき民主主義」を実現する
アート思考、デザイン思考によって生み出されたアイデアを受け入れる組織文化についても、柴田氏は独特の「ひらめき民主主義」という言葉で説明する。
柴田:例えばスティーブ・ジョブズのようなカリスマが牽引する組織は、日本的ではありません。アイデアをみんなで発想するものとして捉え、組織を運命共同体にしていくことを重視するのが、ひらめき民主主義です。
その前段階に必要なのは、心理的安全性です。高圧的な上司がいて、何か言われるのが嫌だから発言ができないような環境を作ってしまうと、クリエイティブな組織は生まれません。きちんと人を理解し、人として扱うことが大事です。
私はこの間Twitterアカウントで「自分の会社に自分の家族を勤めさせたいか」というアンケートを採ったのですが、7割が「勤めさせたくない」と回答しました。これは大問題です。勤めたい会社でなければ、良い仕事もイノベーションもできません。働き続けたい会社がベースにあって、初めて新規事業が生まれるのです。
【パーパス】企業が持つ要素を棚卸しし、Whyの共通認識「パーパス」を再構築する
最後のキーファクターであるパーパスは、企業の持つMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)のさらに上位に位置する概念だ。MVVが「なに」を、「どこ」を目指して、「どうする」のかを定義するものだとしたら、パーパスでは「なぜ」、つまり「社会的意義」を定義する。
柴田:昔からの企業には社訓があると思いますが、「自分たちは何のために事業をやっているのか」という中核を棚卸しし、今の時代に合わせたパーパスの再構築が必要です。社員たち自身のパーパスと会社のパーパスが合致すればするほど強い会社になりますし、持続可能性が高まります。
棚卸しの際は、自社の歴史や顧客リストや取引先まで、とにかく全てを洗い出してみると、新たな価値を見いだせると柴田氏。「新規事業のためにDXを取り入れてどうこうではなく、本質的に自分たちが何を持っていて、どんな関係で何をしてきたかを把握するのが最初の段階」だと語る。
創造的組織へのロードマップ
以上を踏まえ、創造的組織へのロードマップを簡単にまとめると以下のようになる。人才開発とともに組織改革を実施し、トライアンドエラーの新規事業開発を行う。そのためには、今一度企業自身の歩みを振り返ることが特に重要だ。
デザイン思考×新規事業まとめ
今回のウェビナーのポイントを、「この後、すぐに取り組んでいただきたいこと」として以下の3点にまとめた。
今回ご紹介したウェビナーで使用した資料は、未公開部分も含め以下のリンクからDLできます。デザイン思考×新規事業にご興味を持たれた方は、ぜひご活用ください。