【イベントレポート】NTTドコモ×新規事業 ―12のAI事業例を創出したプロが語る、事業立ち上げロードマップとは?―
23,000名(※2023年10月末時点)のプロの経験・知見を複数の企業でシェアし、経営課題を解決するプロシェアリングサービスを運営する当社では、毎月10回程度のウェビナーを開催しております。
2021年8月24日は、デジタル領域での新規事業を立ち上げにご担当者様に向けて、NTTドコモにて12のAI活用事業を立ち上げた 小栗氏に、これまでの事例をもとに、NTTドコモ式の新規事業立ち上げのロードマップと障壁の乗り越え方をご紹介いたしました。
「AIを活用した新規事業を立ち上げたいが、何から着手すべきかわからない」
「社内からデジタル系事業のアイディアは出てきているが、製品化やサービス化に至らない」
こうしたお悩みを持つご担当者様はぜひご覧ください。
当日参加できなかった方、もう一度内容を振り返りたい方のために内容をまとめましたので、ご参考になれば幸いです。
小栗 伸氏
ドコモで12のAIプロジェクトを立ち上げた新規事業開発のプロ
NTTドコモ入社後、音声認識・機械翻訳・自然言語処理の技術開発に従事。その後、技術を軸にした製品企画・事業創出に携わり「AI電話」、「おしゃべり案内板」をはじめとした12のプロジェクトを製品化・事業化。国内外のアワード12件受賞。現在はドコモのソリューション協創プロジェクト”トップガン”の立ち上げメンバーとして多くの事例創出に貢献。社会にあるコミュニケーションに関する課題を、テクノロジーと協創により解決を目指す。
村田 拓紀
株式会社サーキュレーション プロシェアリング本部
FLEXY部マネジャー
中古車のマーケットプレイスシェア首位の企業にて拠点責任者、営業戦略策定、メンバーの採用から育成まで幅広く従事。IT企業を経てサーキュレーションに参画。現在はIT戦略における中期ロードマップ策定、IT企画人材育成に向けた技術顧問活用プロジェクトなどDX推進に舵を切る多くの企業を支援。
新井 みゆ
イベント企画・記事編集
新卒で入社した信託銀行では資産管理業務・法人営業・ファンド組成の企画業務に従事。「知のめぐりを良くする」というサーキュレーションのミッションに共感し参画。約1500名のプロ人材の経験知見のアセスメント経験を活かし、サービスブランディング、イベント企画等オンライン/オフラインを融合させた各種マーケティング業務を推進。
※プロフィール情報は2021/8/24時点のものになります。
Contents
なぜデジタル新規事業の立ち上げは難しいのか?
人的リソースの不足に加え企業文化の課題もDX推進の障壁となっている
国内のDX推進は企業にとって急務とされている。特に新規事業を創出する上で、デジタル活用はほとんどセットで考えられるようなケースが多い。
一方で、2018年に経済産業省の「DXレポート」で言及された「2025年の崖」でも警鐘されていた通り、国内のDX推進の歩みはまだ遅々としている。その要因となるのは、主に以下の5つだ。
デジタル人材の圧倒的不足は、すでに叫ばれて久しいが、注目したいのは「企業文化」も5位にランクインしていることだ。仮にデジタル人材を採用したとしても、そもそも企業としてデジタルを活用した事業展開に積極的かつ正しい姿勢で挑めなければ、真の意味でのDXは推進が難しくなるだろう。
事業戦略に沿ったAI導入に成功している企業はわずか3割程度
活用が注目される最先端テクノロジーの中でも特にAIに目を向けてみると、市場規模は国内だけでも2023年時点で640億円が見込まれる一方、企業はやはりAI導入にも苦戦している。自社の戦略に沿った形でAIを導入できている企業は、わずか30%程度というデータもあるほどだ。
AI導入に関するマクロ環境を俯瞰してみると、大きく3つの要因が見えてくる。端的に言えば、成長トレンドにある市場に対して、AI活用のためのスキルの不足、目的を適切に設定できないといった状況だ。
NTTドコモのAI事業立ち上げ事例
以上のような市場傾向がある中で、NTTドコモの小栗氏はなんと12ものプロジェクトの事業化に成功している。成功の要因を探るべく、まずは小栗氏の経歴や、AI事業の詳細について伺った。
険しい道を乗り越え12ものAI新規事業を創出した小栗氏
NTTドコモは今でこそ新規事業開発のための明確なフレームワークを持っているが、小栗氏が新規事業立ち上げに携わり始めたのは、そのフレームワークが確立される前段階、黎明期ともいえる頃からだ。十数年の間に立ち上げたプロジェクトは前述の通り12事業にも及び、国内外で12件のアワードを受賞。まさに、新規事業開発の礎を築いた人物だといえる。
ビジネスのみならず製品開発そのものにも精通した稀有な存在であり、現在はベンチャー企業で新規事業立ち上げのアドバイザーも務めるパラレルキャリアも描いている。
小栗氏が手掛けたAI事業は以下の通りだ。
小栗:実際に事業化できたものよりも、途中で断念した数のほうが圧倒的に多いんです。また、コンシューマー向けから企業向け、教育までさまざまな分野のサービスを立ち上げてはいますが、技術の根っこの部分は共通化されています。
村田:大体どれくらいの失敗をされたのでしょうか?
小栗:ざっと数えて50くらいは失敗したプロジェクトがあります。ペーパープロトタイプの段階で断念したものもあれば、トライアルで市場に出したものの事業化はしなかったものもありますね。成功確率は3割以下です。
これだけを聞いても、AI新規事業立ち上げへの道のりが容易でないことは察して余りある。今回は成功事例の中から、「AI電話」と「みまもり電話」の2つを詳しくご紹介いただいた。
【事例1】年間約9億円のコスト削減効果を見込む「AI電話」
1つ目のAI電話は、文字通り電話業務をAIによって自動化するサービスだ。従来はオペレーターが担っていたコールセンターの受け付けをAI電話が対応することで、年間約9億円のコストダウンが可能となる。
村田:AI電話に着目されたきっかけは何だったのでしょうか?
小栗:各企業と顧客接点は高度化されており、Webサイトの充実やチャットボットの導入なども進められていますが、電話でのお問い合わせはなかなか減りません。こういった課題がある中で「電話業務の自動化」には価値があると見込み、検討を始めました。
村田:AIはデータと技術を組み合わせることが重要だと思いますが、音声やコーパスなど活用データに関しては、もともとドコモさんがお持ちだったのでしょうか?
小栗:C向けの音声サービスを提供する中で、ここ10年培ってきたものがありますので、それを利用したというのがまず一つです。
村田:AI技術の部分ではスライドに「電話音声の認識に特化させることで精度向上」と記載いただいていますね。ここにはどういった意図があるのでしょうか?
小栗:スコープを絞ることで、安く速く精度を高めるというところが一番のポイントです。
村田:そして実際に業務の中でユーザーが問い合わせてくるキーワードや項目が絞られ、さらに精度が上がるということですね。
さらにNTTドコモはAI電話において、音声認識のためにより適した技術を選択できるようなアーキテクチャを構築した。例えばよりくだけた言葉を認識する際は、自社エンジンからGoogleなど他社のエンジンに切り替えるということだ。
「全てを自前でやろうとするとコストも時間もかかり、市場参入が遅れます」と小栗氏。先端技術を用いる上では、技術同士の組み合わせも重要となる例だと言える。
【事例2】AI電話で取得したデータを活用して再展開した「みまもり電話」
もう一つご紹介したいのが、AI電話で取得したデータを活用して展開した高齢者向けの「みまもり電話」の事例だ。既存技術を応用し、ターゲットを再定義して新規事業を立ち上げた例という点で面白みがあるこのプロジェクトは、どのようなプロセスを経てリリースに至ったのだろうか。
小栗:日本の過疎地域には、一人暮らしの高齢者がたくさんいらっしゃいます。そういう方に対して、自治体は安否や体調の確認を行いたいと考えているのですが、なかなか手をかけられないという課題をお持ちでした。IoTセンサーを用いたチャレンジなども行われているのですが、これは高齢者側で設置が必要で負担が大きい。どうにか、新たな設備を導入せずに見守りを行える仕組みができないかということで組み上げたのが、「みまもり電話」です。
仮に、ある自治体が10万人の高齢者に向けて月に1回5分の見守り電話をした場合、必要な時間は10万時間にものぼるという。当然、それほどの余力がある自治体はないだろう。
「この電話の時間を自動化できるなら、今までやりたかったけれどできないことができる。コスト削減とは異なる、新たな価値を生み出せる点を自治体様にご評価いただいています」と小栗氏は語る。
NTTドコモのAI事業例から学べる3つのポイント
上記2つの事例に共通するのは、以下のようなポイントだ。この中で最も大事なのは、1の「定量的に導入効果を予測、顧客と目線を合わせる」ことだと小栗氏。
小栗:顧客と目線が合うと、その事業のためにどれくらいの投資ができるのかが見えてきます。意外とここを無視して進めるプロジェクトも多いんですよ。仮説に仮説を上塗りしてモノを作っていってしまうようなプロジェクトもありますね。
NTTドコモ式新規事業立ち上げのロードマップと障壁の乗り越え方
ここからは、現在NTTドコモの中で確立されつつある、新規事業立ち上げのスキームについてご紹介いただいた。
大まかな流れは以下の通りで、アイデア出しからフィールドパートナーの決定、プロジェクト化判断、PoC、そして事業化判断までが大きなフェーズとしてパターン化されている。
また、それぞれのフェーズにおいては、以下のような6つのポイントがあるという。今回はこれらのポイントをベースとして、新規事業プロジェクト推進の秘訣を詳しく伺った。
【ポイント1】複数の立ち上げ・推進体制
最初に行うのが推進体制の構築だが、まずNTTドコモは全国から事業アイデアを公募、メンターが伴走し、優秀賞を表彰する「LAUNCH CHALLENG」制度を設けている。
さらにユニークなのが、社外パートナーとプロジェクト体制を組み新規事業を進める「39works」という仕組みを取り入れている点だ。また、「トップガン」という形で、新規事業の「将来の顧客」が必ず参入するスキームもある。
小栗:39worksは、オープンイノベーションの文脈でドコモとパートナー様両方のアセットを活用し、新規事業をクイックに生み出していくという取り組みです。またトップガンという取り組みにおいては、将来のお客様とドコモのR&Dのメンバー、そして営業メンバーが三位一体体制となってソリューションを検証していきます。
ドコモの新規事業立ち上げの中にはこれら2つがあり、メンバーによってどちらのスキームを使うのか選択肢が与えられています。この点はドコモの強みになっていますね。
特にトップガンの体制は、小栗氏いわく「課題を突き詰めようと思うとこの体制が一番早くて確実」だという。
【ポイント2】メンター制度と外部人材活用によるアイデア磨き
事業化の見込みがあるアイデアをより精度高く磨き上げていく段階で用いられるのが、メンター制度と社外人材の活用だ。
NTTドコモではすでに新規事業立ち上げのノウハウや失敗事例が体系化されており、メンター制度においてはすでにそれを教科書のように読み込みながら、メンターのアドバイスを受けるという。
村田:社外人材を活用されることも多いんですか?
小栗:本当に多いです。新規事業の立ち上げはフェーズによって求められるスキルが変わりますし、立ち上げの初期であればあるほどかけられるリソースは少ないですから。何でもできるスーパーマンのような方もほぼいないので、AI電話の事業においても、フェーズごとに参入メンバーを変えながら進めています。
【ポイント3】必要な判断材料を提示した役員決裁の突破
新規事業立ち上げの大きな壁の一つが、役員決裁の突破だ。ここでのポイントについて、小栗氏は「大企業とベンチャーのビジネスを因数分解してエッセンスを抽出し仮説を立てる」こと、そして「サービス単体プラス貢献収入で考える」こととした。
村田:ポイント1はどんな企業もされているかもしれませんが、ポイント2はどういうことなのでしょうか?
小栗:これは当社ならではかもしれませんが、例えば端末回線などすでにドコモが販売している製品とのクロスセルを含めて、どういった効果があるのかを意識するということです。収支は事業単体でも見られますが、プラスαの整理をしています。
【ポイント4】「顧客がお金を出してくれるか」で見極めるPoC
プロジェクトの命運を左右するのがPoCだが、ここでNTTドコモの場合は「PoCの段階で実際に顧客がお金を払って利用してくれるかどうか」を判断基準にしているという。通常であれば「協力者」という立場であるはずの顧客に対して、費用の支払いを求めるのはハードルが高いようにも思われる。この点について小栗氏は「PoCを無料でやっていた時期もあるが、上手くいった試しがほとんどない」と語る。
小栗:PoCが上手くいけばお客様にもなんらかのメリットがあるはずですから、PoCにも投資ができるはずなんですよね。そこが描けていないと、企業様と一緒にPoCまでやったけれど、その先にお互い考えることが食い違って次に進まないということが多々あります。
AI電話のときも我々が仮説として立てたROIをきちんとお客様にも計算していただいて、どれくらいのコスト削減が見込めるのか、上手くいったら本格導入をしてもらうという部分をきちんと握った上で、PoCにも費用を出していただきました。
村田:PoC段階からお金を取ること自体に、社内からは抵抗が出るそうですが……
小栗:上手くいかなかったときに「お金を返してくれ」と言われるのではという不安はやはりありますね。そこはやはり、「成功することによってお互いメリットがあるからこそ行う」というPoCへの考え方を、きちんと現場に共有することから始めました。
【ポイント5】データの集め方はROI+αで判断
AI活用において欠かせないのがデータの収集だが、どんなデータをどの程度集めてどのような成果を出すのかを決めるには、ポイントがあると小栗氏。特徴的なのが、ある種、根性論にも思えるような「熱意あるストーリー」を持ちだすことが重要だという点だ。
小栗:例えば音声認識にしても、何%までの精度を出せばいいのかという部分に答えはありません。そこに対してきちんとデータは出すのですが、やはり熱意が重要になります。
村田:データやデジタルサービスは短期的な回収が難しいものも多いですよね。それも含めて、きちんとストーリーを持っておくというのが重要なんですか?
小栗:そうですね。5年スパンのビッグピクチャーを示しながら、短期ではどれくらいの回収ができるのか、きちんと説明していく必要があります。
これは、「データに何の価値があるのかわからない」と言われた十数年前からAI事業の立ち上げに携わってきた小栗氏だからこそ特に実感している点だ。
例えばこと「音声サービス」という観点において、NTTドコモは以下のようなロードマップでデータを蓄積してきた経緯がある。
小栗:2010年頃にドコモは通信事業のみならず、スマートライフという非通信事業の立ち上げを掲げました。当時の代表は「アラジンと魔法のランプ」のように、喋れば機械が答えてくれる世界を作るというビッグピクチャーを描いています。その上で、利用者が増えれば増えるほどデータ活用ができるような基盤を作り、まずはコンシューマー向けにサービス提供をスタート。そこで培ったサービスを利用してさまざまなサービスを生み出し、2015年以降は企業向けにドメインを絞った展開をしてきました。
村田:「データが価値を生む」というストーリーをしっかり描いてきたからこそ、ここまで来られたということなんですね。
【ポイント6】体系化された撤退基準に基づいて事業化を推進
最後のポイントが撤退基準だ。NTTドコモにおいては、PoCの段階からいくつかの基準が設けられており、徐々に厳しくなる基準をクリアしたものが事業化へと進む。
村田:いわゆるステージゲート法のような形で。フェーズによって判断すべき内容が特定されているんですね。現在はそれが体系化されているようですが、作成は大変だったのではないでしょうか?
小栗:1年以上かけてノウハウを体系化しました。
村田:プロジェクトを走りながら、きちんとそれを自社のノウハウとして体系化してきたということなんですね。
小栗:そうですね。企業によって判断基準や観点は変わりますから、そこのチューニングが非常に重要だと思います。
NTTドコモ×新規事業まとめ
今回のウェビナーのポイントを、「すぐに取り組んでいただきたいこと」として以下の3点にまとめた。
今回ご紹介したウェビナーで使用した資料は、未公開部分も含め以下のリンクからDLできます。NTTドコモ×新規事業にご興味を持たれた方は、ぜひご活用ください。