老舗米菓メーカーが自社ブランド開発体制構築に成功 〜元電通・メルカリのプロ人材によるブランド構築支援の裏側〜
「柿の種」のOEMメーカーとして著名な阿部幸製菓株式会社。近年、自社ブランドの強化を図るために発売した新商品は話題となりました。しかし、販売が伸びた理由については確信が持てず、今後のブランド戦略の方向性にも悩んでいた同社。そこで力を借りたのが、電通・メルカリでマーケティング・ブランディングのキャリアを積んだ南坊泰司氏です。9ヶ月の間にどのような支援が行われたのか、商品企画の担当者である広野剛士氏(以下:広野)にお伺いしました。
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社内にブランド戦略の部門もノウハウも無かったため、相談できる人材が欲しかった
長年OEMで「柿の種」を製造してきた阿部幸製菓。2018年からは自社商品の販売にも挑戦
広野:阿部幸製菓は昭和39年に創業し、現在58期目を迎えています。これは株式会社としての設立なので、実際の創業は明治32年、120年以上の歴史があります。
当社は「柿の種」などの米菓製品の製造をメイン事業として手掛けています。そのほとんどが業務用の取引による出荷だったので、流通量の波に左右されやすいのが悩みでした。対策として2018年頃に発売したのが「柿の種のオイル漬け」や「かきたね」という自社商品で、私が企画開発を手掛けました。
「柿の種のオイル漬け」は食卓シーンで柿の種を食べてもらえないだろうかという発想からご飯やパンにかける商品として考案したもので、「かきたね」は平面的な米菓売り場に楽しさを加えるために、おしゃれなパッケージの柿の種を7種類の味で展開したものです。
新商品が市場に認知されてきた一方で、今後のブランド戦略は宙ぶらりんな状態だった
広野:「柿の種のオイル漬け」も「かきたね」も、発売から2年ほどかけて少しずつ市場や消費者に認知されていきました。「柿の種のオイル漬け」は、展示会への出品をきっかけにテレビなどのメディアに取り上げられて話題になったこともあります。
一方で社内にはこれらの商品に対して自信を持って売れたと言えるような感覚はありませんでした。マーケティングの手法に則ったというよりは、単純に「柿の種をこんな風に食べてもらえたら」という発想だけで開発した商品なので、個人的には「たまたま売れただけなのではないか」とすら思っていたんです。そのため、今後この商品をどう展開していけばいいのかわからず、迷っていました。商品戦略、ブランド戦略の展開の仕方が大きな課題だったのです。
しかし、当社は長年業務用の製品に注力していたために自社商品のマーケティングに取り組んだ経験や知見がなく、専門の部署すらありませんでした。私自身も当社に来る前は外食業界で店舗マネージャーや営業職をしていました。今は商品開発を担当していますが、マーケティングという職種は経験がなかったんです。そこで私が上層部に対して「自社商品の今後について相談できる人が欲しい」と相談したのが、今回のプロジェクトの発端です。
入念なディスカッションを通し、自社に最も合う人材を見極めることに成功
自社のリソースを戦略的に上手く使う「本質的なマーケティング」を求めた
広野:プロシェアリングサービスを提供するサーキュレーションさんはこれまでに何度か利用させていただいた実績があったので、今回もお願いすることにしました。担当コンサルタントの佐藤さんには事前に「本質的なマーケティングをやっていきたい」とお話ししていましたね。新たにお金を掛けて何かするのではなく、現在社内にある販路や商品といったリソースを利用した戦略についてしっかり議論できる方を希望していました。フレームワークやハウツーなどは、書籍やネットでいくらでも探すことができますから。
また、外部人材を利用するにあたって上司から言われていたのは、「実際に会ってみて、肌感覚を重視して決めたほうがいい」ということでした。そのため、プロ人材採用の最終的な決定権もカウンターパートとなる私に与えられていました。
フレームワークに頼らない手法で案件をサポートする南坊さんを指名
広野:今回は合計4名のプロ人材の方と面談させていただきました。その中で実績も能力も申し分なく、何より話したときの波長が一番心地良かったのが南坊さんです。面談ではちょっとした課題を提示したのですが、フレームワークに沿った回答をする方が多い中で、南房さんは経験に裏打ちされた自分の感覚を重視した回答が多かったのも採用理由の一つです。
南坊さんは米菓業界のマーケティングを手掛けた経験はなかったものの、マーケターとして我々との面談前には実際に売り場を見てリサーチをしてくれていたそうですし、自分たちには無い新しい視点のアイディアや価値観、感性を共有してくれるのではないかと感じました。
このように南坊さんはこちらが求める条件にばっちり合っていた一方で、独特な雰囲気を持つ方でもあったので、比較対象が欲しいという意味でさらに3名の方と面談させてもらいました。そのため人材を選出してプロジェクトがスタートするまでに2ヶ月弱ほどかかってしまいましたが、いろいろな方にお会いさせていただいてきちんとディスカッションし、納得した上でご依頼できたのは非常に良かったと思っています。
体制づくりと商品のリブランディングに関する的確なアドバイスが担当者の情熱を後押し
月1回2時間の短時間の支援で、3つのプロジェクトを同時進行することに
広野:南坊さんには月に1回、2時間のミーティングに参加してもらい、普段は週に1回程度メールでやりとりをする形で支援がスタートしました。コロナの影響もあり、支援の後半はZoomを使ったオンラインのみのコミュニケーションでした。
最初の2ヶ月間は現状整理に費やし、「社内の商品ブランド開発体制の構築」「柿の種のオイル漬けのリブランディング」「かきたねのリブランディング」の3つのテーマで走ることに決まりました。
基本的には我々が会社としてやりたいことをまとめたアジェンダを事前にお渡しして、ミーティングで実際にアドバイスをもらうといったやり方で進めていきました。必要があれば、新商品を郵送して試食してもらったりもしましたね。
ブランドマネージャーのポジションを新たに作り、アドバイスを基に役割を厳密に策定
広野:社内の商品ブランド開発体制の構築については、私が立案をして上層部に打診し、マーケティング部門を設立することからスタートしました。これまでは私が所属している商品開発部の人間がなんとなく提案してマーケティングを進めていたので、社内的にきちんと商品ブランドを進めるためのベースがようやくできたのは大きな前進でした。
南坊さんからは部門に置く役職についてアイディアをいただき、商品ごとの「ブランドマネージャー」という肩書を作ることにしました。役職の規程については自分たちでたたき台を作り、南坊さんに添削してもらいました。自分たちで作った内容は商品開発にフォーカスしたものでしたが、南坊さんに「ものづくりとマーケティングだけがブランドマネージャーの仕事ではない」とアドバイスしてもらい、ブランディングやPR、さらには経営方針から製造、営業、品質保証全てに関わる重要なポジションとして定義していきました。
現在は私が「柿の種のオイル漬け」と「かきたね」両方のブランドマネージャーを務めていますが、今後部門のメンバーが増えていけば、よりしっかりとした体制が作れるだろうと感じています。
商品のラインナップを整理し、「ご飯にかける柿の種」浸透に向けたリブランディングを実施
広野:「柿の種のオイル漬け」のリブランディングについては、まずラインナップを整理することになりました。当初は「にんにくラー油」と「ピーナッツバター」の2種類の味があったのですが、南坊さんが「ピーナッツバター」の存在には違和感があると判断してくれました。南坊さんは外部の方なので、消費者の目線で客観的に商品を見て、忖度なく意見をくれるんですよね。実際、「にんにくラー油」に比べると「ピーナッツバター」は売れていない状況でした。
「ピーナッツバター」はもともと「パンに塗る柿ピー」というキャッチコピーを掲げて、ご飯にかけて食べてもらう「にんにくラー油」の横展開商品として発売したものです。これはFOODEX JAPANというアジア最大の食品の展示会に出品した際かなり注目されており、全く悪い商品ではありません。そのおかげで「にんにくラー油」の露出が増えた経緯もありました。
ただブランディングの観点で見てみると、まずは「ご飯にかける柿の種」として商品を浸透させたほうが、消費者にはわかりやすいというのが南坊さんの意見でした。普段「にんにくラー油」をご飯にかけて使っている人に「次の商品は別のものにかけてください」と提案すると、ゼロからのスタートになってしまうからです。
そこで「ご飯にかける柿の種」のシリーズとして新たに「だし醤油仕立て」を考案し、リブランディングを図りました。
プロの判断に勇気づけられ、内容量を減らして単価をアップする難易度の高い施策を実施
「かきたね」については、量と値段、そしてパッケージのバリエーションを変更する形でリブランディングを進めました。というのも、本来「かきたね」の商品価値はパッケージの異なる味が7種類あるという点なのですが、商品企画の経験が浅かったために、米菓業界で慣習的に決まっている価格とグラム数で販売していたのです。その結果、ほかの米菓と同じ価値観で勝負をしている形になっていました。
これでは「かきたね」の真価が発揮できません。私はかねがね「かきたね」の容量を減らし、世の中での差別化を高めるために単価も上げたいと考えていたので、この思いを南坊さんにぶつけてみたんです。すると、「絶対にそのほうがいい」と後押しをしてくれたので、実施に踏み切ることができました。
しかし、容量を減らして単価をアップするだけでは、当然営業からは「値上げするなら原料にこだわれ」といった声が出てきます。そこで付加価値をさらに高めるため、7種類の味に対してそれぞれパッケージを3種類ずつ展開し、合計21種類のバリエーションがある商品へとリニューアルすることにしました。
「自分たちは良い商品を作っている」という確信を得られたのが最も大きな成果
新たな販路を獲得し、利益率もアップ。何より社員が自社商品に対して自信を持てた
広野:ご支援いただいた結果、定量的には特に「かきたね」で成果が出ています。内容量を減らして単価を上げると売上は下がりそうに思えますが、ほぼ変わらない数字を維持しています。パッケージが増えた分の管理コストを差し引いた上で、利益率もアップしました。欠品状況になることさえあり、社内的には「もっと作っていればもっと売れていたかも知れない」という感覚がありますね。商品が変わったことで必然的に販路にも変化が生まれ、雑貨店、CVSなど、多方面で商品を展開することに成功しました。
また、これまでは業務用の製品を主に扱っていたので、購入者が製品をどう思っているのかは掴みにくい状態でした。しかし、自分たちで作った商品が世の中に出て直接反応をもらえるようになったので、「自分たちは本当に良い商品を作っていたんだ」と実感できるようにもなりました。これが今回の最も大きな収穫かもしれません。特に「かきたね」の評価をSNSで見ると、パッケージもいいけれど、柿の種自体も美味しいと言ってくれている方が多いのがうれしかったですね。「かきたね」はずっと自社で作り続けていた柿の種の7種類の味を新しいパッケージで売り出した商品だったので、なおさらです。社員の自信につながりました。
常に消費者目線で考え、仮説検証を繰り返していく商品戦略のノウハウが身についた
広野:9ヶ月間の支援を通して、個人的には当初抱えていた「商品がなぜ売れたのかジャッジできない」「適切な商品戦略をどう立てたらいいのかわからない」といった課題はクリアできたと思っています。自分の中で一定の仮説を立てた上で、次のアクションにつなげられるようになりました。仮説を立てた上で受け取る消費者の反応はそのまま検証になりますし、今はそれがすごく楽しいです。
こういった成長を遂げられたのは、南坊さんとのディスカッションを通して思考法を学べた点が大きいです。フレームワークやフォーマット、マニュアルといったハウツーをレクチャーされただけでは、ここまで上手くいかなかっただろうという実感もあります。それよりも常に消費者目線で考え、迷うことがあれば実際に消費者に聞いて意見を反映させるほうがいいと教えていただきました。今後もこの教えを胸に、南坊さんの名前を傷つけないような戦略で事業を進めていかなければと思っています。
自社の強みが「高い技術力」にあることを気づかせてくれたことに感謝
広野:南坊さんは我々の視点に合わせた話し方をしてくれるので、非常にコミュニケーションが取りやすくてありがたかったです。無理にああしろ、こうしろと言われたことも一度もありませんでした。
支援の中で特に印象に残っているのが、「ブランドはメーカーのものではない」という言葉です。ブランドはお客様と企業の共有物であり、お客様の体験によって成り立っていることを理解した上でものづくりをしなければいけないそうです。
その上で我々は今後どうすべきかをお伺いしたところ、「阿部幸製菓は高い技術力があるから、マーケティングではなく技術をベースとした商品開発やビジネス展開をしていくのが良い」とおっしゃっていました。技術力があるかどうかは実は自分たちではなかなか気づけない部分ですし、だからこそ普通はビジネスに行き詰まるとマーケティングリサーチをしたりフレームワークに頼った商品開発をしがちなのだと思います。ですが、南坊さんに自分たちの優位性を教えていただいたからには、技術に自信を持ってブランドを作るのが、今後の阿部幸製菓の進むべき方向だと感じています。
今回、サーキュレーションさんには多くのプロ人材の中から南坊さんが適任と見極めてマッチングしてくれたことに何より感謝しています。引き合わせてくれる存在がいなければ、当社が南坊さんのような専門家とお会いする機会はありませんからね。9ヶ月という短い期間ではありましたが、南坊さんから得たものはかなり大きいですし、今後の会社存続の鍵となる取り組みだったと感じています。本当にありがとうございました。
ブランディングの力によって、長年親しまれている米菓「柿の種」の新たな可能性を広げることができた今回のプロジェクト。広野さんの熱い情熱を後押しした南坊さんの存在は、非常に大きいものだったそうです。学んだノウハウを存分に活かして、今後も阿部幸製菓さんは成長を続けることでしょう。
本日はお忙しい中、ありがとうございました!
食品メーカーの商品ブランド開発案件におけるまとめ
中央:阿部幸製菓株式会社 広野剛士氏
右:サーキュレーション コンサルタント 佐藤 佑亮
課題・概要
長年OEMメーカーとして商品を製造してきたが、2018年に自社ブランドを展開。2年かけて販売実績は伸びていたもののブランド戦略のノウハウがなく、商品の先行きが不透明な状態だった。今後も自社商品を発信し続けていくための相談相手を求め、アサインされたのが電通やメルカリでマーケティング、ブランディングの実績を持つ南坊氏だった。
支援内容
- 新たにブランドマネージャーの役職を設置し、社内の商品ブランド開発体制を構築
- 「柿の種のオイル漬け」の商品ラインナップを見直し、リブランディングを実施
- 「かきたね」の内容量と価格、パッケージのバリエーションを見直してPRとリブランディングを実施
成果
- 社内体制が強化されたことで新たな商品展開にも戦略的に対応できるようになった
- 「柿の種のオイル漬け」から新商品を開発。新たなブランド展開を推進できた
- 「かきたね」は内容量を減らし単価を上げたにもかかわらず利益率がアップ。販路も広がった。
支援のポイント
- 自分たちでブランド戦略をどう進めたらいいのかわからない、あるいは判断が正しいか不安になった場合は、経験豊富なプロ人材の目線からアドバイスをしてもらったり後押しをしてもらうことで、自信を持ってプロジェクトを進めることができる
- 一般的なマーケティングの手法やフレームワークが効果を発揮するシーンはあるが、企業の想いを大切にした上で、感覚的に判断する視点も大切
企画編集:新井みゆ
取材協力:阿部幸製菓株式会社
※ 本記事はサーキュレーションのプロシェアリングサービスにおけるプロジェクト成功事例です。