プロダクトのライフサイクルに寄り添う、「プロダクト広報」とは?
近年、「企業広報」のあり方が変わってきました。FacebookやTwitter、InstagramなどのSNSを通じて、企業全体の広報と同時に、特定のプロダクトに焦点を当てて情報として、プロダクトを生み出す現場の担当者や、消費者など企業外部などから情報発信されることが多くなりました。
これまでは企業広報は、「特定の限られた部門担当者のみによる専門的な業務」であったものが、「企業内外問わず、当該事業にかかわるすべての人がかかわる業務」に変わってきているのです。
したがって、あるプロダクトを生み出す事業者も、広報業務における立ち位置が大きく変化しつつあります。
そこで本稿では、「プロダクト広報」の現状について検討を行い、プロダクト広報のメリットや実施するにあたっての注意点を示し、今後読者の皆さまが企業において「プロダクト広報」を実施するにあたってのヒントを提供いたします。
Contents
「プロダクト広報」とは何か
プロダクト広報とは、自社プロダクト(商品やサービス)の背景にあるストーリーを、商品の顕在・潜在両顧客に対して認知してもらう活動です。
全ての企業におけるプロダクトには、それ自体に込められたストーリーがあります。以下に一例を紹介します。
- そのプロダクトを生み出した人は、なぜそのプロダクトを生み出したのか
- プロダクトの理念やミッション、思いは何なのか
- プロダクトを通じて実現したい使命は何なのか
- どのような社員や関係者がいて、どのような気持ちでそのプロダクトを作っているのか
- プロダクトが生み出される環境(オフィス・工場など)はどのような雰囲気なのか
- どのようなお客様がいるのか
「プロダクト広報」を行う必要性
「プロダクト広報」とは別に、「企業広報(全社広報)」という役割があります。これは、特定のプロダクトのみではない、
- 会社全体の理念、ミッション
- 会社を通じて実現したい使命
などを、当該企業に直接的・間接的にかかわる人に知らせ、理解をうながす活動です。しかし、全社広報のスタッフは、必ずしも当該プロダクトに対して、現場担当者レベルの思いを共有しているわけではありません。
会社の規模が大きくなればなるほど、プロダクトのアイテム数が多くなり、「それぞれのプロダクトに込められたもの」は多様化・細分化していきます。
一方で、近年ではユーザー自らがソーシャルメディア媒体等を利用して、自発的に情報を発信したり、特定プロダクトの愛好家コミュニティを創ることもできるようになりました。何よりユーザーは、「プロダクトにこめられた思い」に共感して、より主体的・能動的な「ファン」になろうとします。このようなユーザーは「プロダクトの現場の声」を求めます。
したがって、「全社広報担当者」は、全社レベルの広報や、個々のプロダクト広報の「交通整理」を行うレベルにとどめ、個々のプロダクトごとに直接携わる部門や人材が直接魅力を発信する「プロダクト広報」を行う必要があるのです。
「プロダクト広報」の事例
続いて、「プロダクト広報」の具体例について、大企業BtoC商材における事例として日産自動車(日産リーフ)、ベンチャー系BtoB商材における事例としてSansan株式会社の事例をご紹介いたします。
事例①日産リーフ
日産リーフとは、日産自動車が2010年から販売している、5ドアハッチバック型の電気自動車です。
電気自動車は、電気をエネルギー源として、電動機(モーター)を動力源として走行する自動車です。走行中にCO2やNOxの排出がないなど、従来の自動車とは全く異なる特徴がある一方で、日本国内で広く市販された電気自動車としては初めての部類になるため、操作性や動作、エネルギーの違いなど、社内外の他の車種の事例とは全く異なるものであるため、本製品に特化した広報活動が必要となりました。
クルマを売るのでなく、「電気自動車を通じた社会課題解決への参加」を訴求した
そこで同社がリーフを通じて訴えかけようとしたメッセージは「ゼロエミッション社会の実現」でした。他社に先駆け最も環境に配慮した量販車として電気自動車を社会に打ち出すためには、その理解促進やインフラ整備など、先行者ならではの難しさがともないます。
とはいえ「完成車を売る」ということだけではなく、それ以上に大きな目標である「ゼロエミッション社会を実現する」というメッセージを具体化するためには、これまで同社のみならず自動車業界が取ってきた一般的な新車の販売方法では実現することができません。そこで、購買検討者のみならず、広く社会に対してガソリン車とは異なる「電気自動車の仕組み」を伝え、さらに「電気自動車がこれからの社会にどのような価値をもたらすのか」を知ってもらう取組みを行うことになりました。
「賛成の連鎖」による、プロダクトの広がりを企図した
そこでコミュニケーションのキーワードとして、「賛成の連鎖」というものを掲げました。けっして企業からの押し付けでなく、電気自動車がもたらす価値を理解した上で、「賛成」してくれる人の輪を地道に広げていく手法です。
その地道な取り組みの矢先に、東日本大震災が起こりました。当初電力供給の不安定さを懸念する世論が高まり、電気自動車に対する不安の声も寄せられたものの、その後電力網の復旧と同時に、深刻なガソリン不足が問題になったこともあり、次第に電気自動車の可能性が見直されていったのです。
実際に、リーフは被災地での医師の往診活動の足として活躍しました。また、自動車に搭載している駆動用リチウムイオンバッテリーが、夜間電力や太陽光で発電した電力を充電し、蓄えた電力を電力需要が高まる時間帯に供給に回すことや、安定した電力供給やピークカット効果など、水面下では研究していたものも含めて、一気にその可能性を実証することができたといいます。
事例②Sansan株式会社
Sansan株式会社は、法人向け名刺サービス「Sansan」及び個人向けの名刺管理アプリ「Eight」を提供する、2007年創業の会社です。名刺管理サービスの草分けとして、近年ではBtoB向けのテレビCMも展開しており、「名刺管理から、ビジネスがはじまる」というキャッチフレーズで、名刺を会社内で共有することによる可能性を訴求しています。
しかし、同プロダクトは、単に「名刺を管理する」ことがゴールでなく、「会社に関係する人脈を一元的に管理する」、そして「これによって会社の生産性を向上する」、ことが真のゴールです。
「プロダクトを売って終わり」ではなく、「サービスを通じて継続した関係を築く」広報活動
Sansan」は、お客さま企業にサービスを購入してもらうだけでなく、そこから継続して使い続けることで価値が発揮されるサービスです。したがって、会社としてはお客さまの導入後も、継続した関係を築き、顧客満足度を維持向上させていくことが大切です。
そこでSansanは、サービス誕生初期から「カスタマーサクセス」に注力する活動を行ってきました。カスタマーサクセスとは、問題が発生してから対応するのではなく、顧客が成果を上げられるように、顧客に先回りするかたちで積極的に支援していく取り組みのことを言います。
具体的には、「カスタマーサクセス」担当者がビジネス系メディアを使って、クライアントのカスタマーサクセスをテーマとした連載をするなど、自社の取り組みや、顧客企業でたまった知見を積極的に顧客企業全体でシェアする取り組みを行っています。
BtoB市場における「コミュニティづくり」の意味とは?
また、BtoBの市場でもSaaS型のサービス市場においては「ユーザー会」的なコミュニティを形成し、サービス利用企業の担当者同士が成功事例を共有したり、課題の解決を助け合ったりする活動が出てきています。コミュニティの立ち上げ自体はサービス提供企業が手掛けますが、その後の会の運営は、参加したユーザー企業の自由意志に任されており、かつ非営利で展開されているケースも増えています。
Sansanの場合、最終的な「カスタマーサクセス」である「人脈の可能性を広げる」という切り口でコミュニティを設置しました。まず、「Sansan」を使って人脈の可能性を広げた人を「Success事例」と位置づけ、インタビューによって記事コンテンツを制作しました。
その後、既存ユーザーから更にSuccess事例を広げ、初級者向けセミナーに登壇してもらうなどしました。並行してコミュニティを開設し会員を募集し、「Success度合い」に合わせたレベルごとにコミュニティを運営し、「Success人」の可視化と、コミュニティ単位でユーザーが集い、成長していける場づくりをしています。これは、従来からの「企業起点のプロダクト広報」とは違い、「顧客を含めてプロダクト情報を発信しあう場」と言えます。
「プロダクト広報」の特徴
上記の2つの事例からわかることは、以下の2点です。
- プロダクト広報担当者は、企業からの一方通行で情報を発信しているのではなく、ユーザーにプロダクトを使ってもらう中で、ユーザー視点での情報も発信しようとしている
- 単にプロダクト自体の機能を広報するのではなく、プロダクトの持つミッションや、プロダクトの持つ真の意味、社会における位置づけを理解してもらおうとしている
今回取り上げた2つの事例は、これまで業界に存在しなかったコンセプトのプロダクトを投入し、市場に広める際の取り組みです。それぞれ領域は異なりますが、当該プロダクトを初めて世の中に投入するにあたって、既存カテゴリのプロダクトと異なる打ち出し方が必要となるのです。
特に電気自動車は、「ゼロエミッション」をはじめとした、従来の自動車とは異なるプロダクトの可能性も秘めています。これらを、これまでの「全社広報」を基盤としたプロモーションでは、従来からの新車プロモーションの経験に縛られる可能性があります。
またユーザーを巻き込むことで、プロダクトを生み出す立場では考えもつかないようなアイデアが出てくるかもしれません。このように、新しい取り組みを現場起点で行うほうが、より的を射たプロモーションができるかもしれません。
「プロダクト広報」を実践してみる
それでは、実際に「プロダクト広報」を実施するにあたって必要なタスクについて、以下に記します。
「プロダクト広報」実践のための「戦略広報」の体制イメージ
プロダクト広報の人材は、当該プロダクトの現場事業部などからアサインしても、広報部等全社スタッフ部門の人材からアサインしても構いません。ただしこれまで当該プロダクトの広報や情報発信にかかわってきた人材、あるいは、当該プロダクトへの愛情を持っている人材が適任だと考えられます。当該プロジェクトに対して、PM直轄の俯瞰的な立場で関与することが良いでしょう。
「プロダクト広報」のタスク
プロダクト広報担当者が行うタスクは、大きくわけてイメージ4のとおり整理できます。
大切なことは、CPOとして、PMや他の部門とともに、当該プロダクトに関する全体戦略を策定し、そのうえで当該プロダクト広報に関する目標やタスクについては責任者として関与することです。また、「情報発信者」との良好な関係構築が必要となります。注意が必要なことは、ブログやSNSなどを通じて直接会社とは関連しない第三者が社外から当該プロダクトに関する情報発信をする可能性があることです。社内だけで当該プロダクトの広報戦略を立てても、社外の関係者が社内の戦略と全く異なる情報を発信する可能性もあります。これらの情報による影響は全く想定できません。したがって、戦略策定時時には、必ず企業外部からの発信者との関係をどのようにしていくか、プロジェクトで議論した上で、「ソーシャルメディア活用指針」などを検討するとよいでしょう。
まとめ
プロダクト広報のゴールは、ユーザーの裾野を広げることと、社内外問わずプロダクトに対して自分ごととしてとらえて動き、情報発信するステークホルダーを増やすことです。
特に「プロダクト広報担当者」は、「プロダクトのライフサイクルに寄り添った広報」を行うことが重要です。プロダクト広報担当者は、当該プロダクトについてはPM、あるいは全社マネジメントにおけるスポークスマンの役割も担います。
時に顧客の矢面に立つこともあれば、マネジメント層に対して、耳の痛いことも伝える必要が出てくることでしょう。自社内で自社プロダクトを扱っていると、プロダクトへの気持ちが偏ったり、ユーザーと気持ちのベクトルがずれたりする場合もあります。
しかし、ステークホルダーが抱く「期待度のコントロール」ができることが、優れたプロダクト広報担当者です。その基本的な資質は、「俯瞰してみる」「第三者の目を持つ」、そして「視座を高くする」ということです。
広報機能も含めたスタッフ機能と現場とは本質的に両輪の関係にあります。ぜひ、御社内でもプロダクトのライフサイクルに寄り添う、「プロダクト目線の広報」を実現してください。
参考
- https://www.v-pr.net/column/7568/
- https://www.slideshare.net/gakutonakamura/ss-78275785
- https://www.fabercompany.co.jp/recruit/guidance/publicrelation/
- https://woman-type.jp/job-offer/375495/
- https://be-ars.colopl.co.jp/recruit/career/corporate/pr-ir/publicrelations-product.html
- https://ev.nissan.co.jp/LEAF/
- https://www.advertimes.com/20111216/article45636/
- https://adv.yomiuri.co.jp/ojo_archive/tokusyu/20120206/201202toku2.html
- https://www.fabercompany.co.jp/recruit/guidance/publicrelation/
- https://apricot.vc/interview-4/
- https://markezine.jp/article/detail/31585