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「戦略的企業IR広報」とは~これからの時代のIR・広報業務の本質的役割を考える

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「戦略的企業IR広報」とは~これからの時代のIR・広報業務の本質的役割を考える

平成の30年間で、日本の企業を取り巻く金融のあり方、企業の所有のあり方は大きく変わりました。前者においては、銀行からの資金調達が主流の「間接金融」から、株式市場などを通じた資金調達が主流の「直接金融」に変わりました。また「直接金融」においても、従来の国内投資家、とりわけ「株式持合い」といった日本特有の所有形式から、外国人機関投資家や個人投資家といった所有形態も変化しました。

さらに平成末期になると、ネットを通じた金融取引が増え、「クラウドファンディング」など、新たな手段での「投資」も出現しました。これに伴い、「企業の所有者」としての投資家との適切なコミュニケーションをとり、個々の投資家と良好な関係を構築していく必要性がますます増大しています。

本稿ではこれからの時代における企業と投資家をつなぐ役割としての「IR広報」のあり方を検討します。

企業におけるIRの重要性が高まっている!

IRとは、「インベスターリレーションズ(Investor Relations)」の略語です。株主・投資家に対して、投資判断に必要な企業情報などを適時・公平に継続して提供する活動です。株主と投資家(Investor)との間に良好な関係(Relations)ができることで、より有利な資金調達を可能になるといったメリットがあります。

企業を取り巻くビジネス環境の変化

平成の30年間で、日本の企業を取り巻くビジネス環境は劇的に変化しました。従来からの世界経済のけん引役の米国や欧州諸国に加え、中国や東南アジア、インドなど、新興国の存在感がますます大きくなりました。

また、ITをはじめとした技術革新への対応、イノベーションへの投資、M&Aなど、企業の競争力を左右する経営環境は大きく変化しています。

これに加えて、最近ではESG(Environment・Social・Governance:環境・社会・ガバナンス)投資やSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)など、社会課題解決に向けた企業の役割が大きくなり、ステークホルダーの価値観も変化・多様化しています。

これら劇的な企業の外部環境変化は、企業担当者の対応いかんでは「機会」にも「リスク」にもなります。

企業の投資・金融環境の変化

日本でも、徐々に間接金融から直接金融の比率が高まってきています。また、日本企業の海外での資金調達が進み、情報開示・投資家とのコミュニケーションに関する意識が高まってきました。また、外国人投資家が増大するなどにより、IRがこれまで以上に重要視されるようになっています。

企業とステークホルダーとの関係変化:顔が見えない関係から、互いに顔が見える関係へ

近年においては、企業自身の「ステークホルダーとの対話力」がますます重要になってきました。

近年のIT環境の発達や、SNSなどソーシャルメディアの急速な発達により、企業をとりまくステークホルダーはいつでも当該企業の情報を入手できるようになりました。また、ステークホルダーは、企業やプロダクトとの付き合い方についても経験を重ねてきました。「自分にとっての必要なものを、必要な時に」手に入れるためには、継続的な「企業と顧客との良好な関係」を構築することが大切だということも知るようになったのです。

また、マーケティングの手法も「コミュニティの皆さんと一緒により良いプロダクトを共創する」といった、「コミュニティマーケティング」の手法が増えてきました。企業と顧客との関係は、単なる「プロダクトを提供する/プロダクトを受ける」という一方通行の関係ではなくて、企業・顧客を問わずに、同じ目線でプロダクトと接し、ともにより良いものにしていくという関係に変わってきたのです。

PRとは? IRとは?

PRは社会一般に対して主に企業全体の活動や個別商品などを広く知らせ、イメージアップを目的としています。これに対して、IRは企業全体の「素の経営情報」を投資家に対して提供し、彼らの投資判断を促すことを目的としています。「素の経営情報」には、良いことも悪いことも全て含まれます。したがって、IRを行うにあたって大切なことは、「公正さ」と「説明責任」を意識することです。

PRとは広報、パブリック・リレーションズのことを指します。一般的にPRの対象はステークホルダー全体とされています。顧客、株主、社員をはじめとした、会社と直接の利害関係を持つ層から、当面直接の利害関係がない人でも、広く社会全体を対象としてコミュニケーション活動を行うことが、PRの役割です。

一方、IRを行う対象は株主や投資家が中心です。ただし、既存の株主・投資家のみならず、これから自社への投資を検討しようとする人も含まれます。

PRとIRとの共通点・相違点

PRもIRも、「企業を表現する」ということでは全く同じですが、異なる部分もあります。

PRの役割は、「個々の事象」の情報発信を積み重ねることで企業の全体像を示すことです。

例えば、一般のPR活動では、新製品情報、開発情報、環境問題、人事情報、危機対応(災害や不祥事への対応、公害問題、品質問題など)といった情報を社内外に伝達しますが、これらの情報発信を積み重ねることで、企業の全体像を示そうとします。

一方で、IRの場合は、企業の全体像が簡単に表現できます。「財務情報」は、企業活動の全体像を最も簡潔に、定量的に表現する手段です。従来のPR活動では、財務情報を使って企業を表現したり説明したりすることはほとんどありませんでした。もちろんIRで示す定量情報だけでは企業のすべての面を表現できるわけではありません。定性的な面、つまり「非財務情報」も極めて重要な要素です。その意味で、PRで示す内容とIRで示す内容は、クルマの両輪の関係ともいえます。

IRやPRはどの部門が担うべき?

果たして「IR業務」や「PR(広報)業務」はどの部門が行う業務なのでしょうか。

従来から企業においては、投資家向けの広報という点で広報部が、会社の数値を扱う点で財務部や経理部が、また会社全体の業務を行う点で経営管理部や総務部などが担う傾向があります。

最近では、株主・投資家対応の重要度が高まっている中で、独立組織を設置する企業も増えてきました。2015年に経済広報センターが実施した「第12回企業の広報活動に関する意識実態調査」によると、「広報IR部(室)」を挙げる会社は13%と、2011年に調査した時点の9%から上昇しています。

IR広報の事例

次に、これからの企業におけるIRや広報がどうあるべきか、ヤフー株式会社の事例を通じて検討いたします。

ヤフー株式会社のIR広報事例

ヤフー株式会社は、日本の株式市場においてはじめて株式公開を果たしたインターネット関連企業です。1997年11月の株式上場以降、増収増益を継続しながら成長を続けていますが、同社にとっては、この間はずっと「株式市場と対話し、自己の存在意義を問い続けてきた期間」だといえます。

ヤフーの「IRオフィサー」の3つの役割とは

同社のIR広報活動を長年リードしてきた担当者は、企業側で経営陣とともに株主への説明・対話を行う役割を「IRオフィサー」と定義し、IRオフィサーの役割として3つを指摘しています。まず一つ目は、事業戦略・業績などの情報発信、二つ目は発信した情報に基づいて市場関係者と対話すること、三つ目は、対話を通じて得られた株式市場の疑問、意見、アドバイスなどを、社内に伝えて活かしてもらうことです。

①事業戦略・業績の情報を発信する 市場に求められる情報を適切に社内外に開示する

同社は、1997年の株式上場以来、株主構成の変化、そして同社としても他社への投資を行うなど、いわば「ネット社会の発展に伴う基盤の変遷」の歴史を歩んでいます。上場以来、同社は2018年までソフトバンクと旧米国ヤフーの2社が株式の7~8割を保有し、残り2割ほどが少数株主という構成で推移してきました。しかし、株式の過半数を2社の株主が保有していることが株式市場でいう「利益相反の疑念」にあたるのでは無いかというリスクを常に抱えて来ました。一方でその間も、株主であるソフトバンクが主導して、グループとして大規模な買収を仕掛けた際のヤフー社に対する市場の反応など、行く手には常にハードルがありました。

そこでIR広報の担当者は、新たな投資案件があるごとに、買収先や出資先にかかわる事業についての知識をインプットした上で、開示資料を準備するように心がけたということです。

②発信した情報に基づいて市場関係者と対話する

社外に対しては、買収発表時のアナリストや投資家向けの説明会の場において、会場の誰も言葉を発しなくても、株式市場が「歓迎」しているのか「冷たい目で見ている」のかがすぐにわかるといいます。非常につらい役割だといえますが、過去の経緯や現在の自社の立ち位置、そして今後の会社の方向性に基づいて、「第三者的な視点」で意見を発信することで、相手の本音を知ることができ、会社にとっての「着地点」を見出すことを心掛けたといいます。

③対話を通じて得られた株式市場の疑問、意見、アドバイス等を社内に伝えて活かしてもらう第三者的な視点で会社を分析する

一方で、「IRオフィサー」は、社内・社外それぞれに板挟みの立場にいるといえます。社内に対しては、「自分たちで買収を成功させ、新しい事業を開始するんだ」という、高揚した雰囲気のタイミングで、「株式市場は当該買収案件に対してネガティブな反応を持っていますよ」といった、水を差すようなことも伝えないといけないことも発生したといいます。「IRオフィサー」としては、市場関係者と接してきた内容やこれまでの経験などを駆使して、「想定される市場の反応」を社内にインプットし、事前・事後双方において、今進めている取組が円滑に進むための道筋をつくるという役割も担いました。

ヤフー株式会社の事例から読み取れる、「IR広報」のあり方とは

ヤフー株式会社のIR広報事例からは、「企業は株主のもの」という考え方と、「企業は社会のもの」という考え方が常に対立関係にあったことがわかります。そのような中で、同社における「IRオフィサー」は、「会社内」と「会社外」との境目に立って、双方の考えを取り持つ役割にあること、そして双方に「情報」を伝えることで、期待値をコントロールし、「着地点」をつくる役割にいるということがわかります。つまり「IR広報業務」こそ、企業においてもっとも戦略的に行われないといけないことを具現化している事例だといえます。

「IRオフィサー」のような戦略的IR広報には、従来のIR担当者でも、広報の担当者でもない、高次元なコミュニケーションが必要です。「自社株式」は市販されている商品とは異なり、「会社の経営参画権」「会社の意思決定権」なのです。これを投資家にお金を出して権利を取得することで「意志決定プロセス」に加わってもらうのです。自社の意思決定に加わってもらうということは、当然、自社の将来性やメリット、機会情報など「良い面」のみならず、自社のリスクやデメリットなど「悪い面」についても理解してもらう必要があります。そのうえで投資家へは「自社にどのようにかかわってもらいたいのか」について情報を提供します。もちろん、会社にとって都合の良い情報だけでなく都合の悪い情報も含めて発信します。大切なことは、投資家側の「期待値」と会社(経営)側の「実力値」との間に「落としどころ」をつくることです。そのために、企業内外にアンテナを張り、期待値やリスクについての情報をかぎ分け、実際の内容と乖離する可能性があれば、先回りして対処する、というのが、「戦略的IR広報」の役割であり、業務面での醍醐味だといえるでしょう。

社内における「戦略的IR広報部門」の位置づけとは

それでは、「戦略的IR広報」は社内においてどのように位置付ければよいでしょうか。

PR業務の場合、全社あるいは特定プロダクトやサービスの情報を通じて発信することが主な仕事です。そこには財務・経理部のような数値に関する専門性はあまり必要ありません。

一方でIR業務の場合、財務情報の発信が中心です。

双方PR業務、IR業務ともにコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力が求められます。一方で、「戦略的IR広報」は、投資家・経営者と常にコミュニケーションし、情報を受発信し、双方の「考え」をもう一方に「伝える」役割が重要になります。なおかつ、双方の「落としどころ」を見出し、そこに収束させる仕事が出てきます。この業務は、非常に高い技能が必要です。

そのため、イメージ4のように、「戦略的広報IR担当」は全社スタッフ部門の中で、社長直轄的な位置づけにすることが理想的です。

「戦略的IR広報担当者」に求められるスキルとは

「戦略的IR広報担当者」は、以下の3つのポイントについて意識的に身につけるように日々の仕事に取り組む必要があります。

(1)経営を俯瞰する能力

(2)第三者の目を持つ能力

(3)視座を高くする能力自由自在に「視座」を変える能力

特に、戦略的IR業務においては、経営トップのスポークスパーソンとしての役割も求められます。したがって、企業全体の経営戦略や方向性への理解も必要です。

また、様々な投資家との対話を通じて得た意見を経営者にフィードバックする機会も出てきます。これは、経営者にとって耳の痛い話が含まれる場合もあります。経営者も、常に公平な目で仕事をしているとは限りません。

そこで大切になってくるのが「視座の設定力」です。「視座」を柔軟に設定できることによって、別の可能性を切り拓くことができるようになります。時として主観的な立ち位置から物事を考えている経営者、従業員、投資家などに対して自社の真実の状況を伝えるためには、「視座を高める」「視座を変える」「視座を広げる」といった力が求められるのです。

このような「偏り」を「落としどころ」に持っていくためには、(1)~(3)で挙げた素養をもちながら、「自分ごととして」説得していく必要があるといえます。

まとめ~「戦略的IR広報」は、会社を「客観的にエクセレントな存在」にする業務である!

IR業務の役割は、単に経営者のスポークスパーソンとして会社のIR情報を発信し、投資家との対話を行うだけでは終わりません。

IR担当者には、会社全体や個別商品の売上高を大きくするとか、利益を増やすとかいったことは求められません。その代わりに「会社の利益について、投資家の期待値と会社内の実績との間で落としどころを決める」ことが求められます。

IR担当者は、「会社内で一番、会社を客観視できる人材」だと言えるでしょう。自分以外はすべて「主観的な視点」で動いている世界で動くわけですから、自分以外は全部敵という状況も考えられるかもしれません。しかし、CEO以上に「会社を客観的にエクセレントなものにする」という高い思いをもって仕事に取り組める業務だといえます。

そのような視点でIR業務に取り組むと、他のどれにもない働き甲斐を得られるのではないでしょうか。

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