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ベンチャー企業の資本政策の重要性とよくある失敗例

資本政策/資金調達
ベンチャー企業の資本政策の重要性とよくある失敗例

ベンチャー企業の上場前の資本政策は、事業に必要となる資金調達額と株主構成のバランスをとらなければなりません。ベンチャー企業の事業計画の策定や資金調達時の株式価値の見積もり算出方法のほか、資本政策の失敗事例などを解説します。

起業家は、ビジネスがうまく回り始めた後、資本政策でつまずいてしまうことがよくあります。自分が立ち上げた事業を高く評価してくれる投資家に会うと舞い上がってしまい、多くの株式を発行してしまったり、不利な種類株式を発行してしまったり、優秀な人材が採用できるからと、つい多くのストックオプションを渡してしまったりするのです。

株式を渡すことは経営権を渡すことだと頭では理解していても、専門家による適切なアドバイスを得ないまま、感覚で行動してしまう起業家は後を絶ちません。

ここでは、「資金調達の必要性」と「経営権の移譲」の正しいバランスを、可能な限り実感として理解できるようにご説明します。

資本政策とは?

資本政策とは、株主資本に関する計画です。資本政策を立てないまま上場に向かうということは、目をつぶって走り続けるようなものです。

株式による資金調達をすればするほど外部株主は増え、収益性を意識した経営を求められることも多くなるため、収益を高めるような経営に切り替えていく必要があります。また、コーポレートガバナンスに配慮した経営が求められることになります。

ノマドジャーナル掲載イラスト(資金調達と株主構成のバランス)

資本政策は、上場前と上場後で大きく分けられます。

  • 上場前の資本政策

上場前の資本政策の基本は、「いつ、どの程度の資金を」「株式何株で調達するか」計画することです。上場時のオーナーの売出し株式数によるキャピタルゲインと上場後の安定株主対策を想定しながら、不必要な株式数を発行しないよう、注意して計画を立てていくことが大切です。

  • 上場後の資本政策

多数の株主の収益性の最大化を最上位の目標としつつ、安定株主対策にも配慮しながら、株式による資金調達や企業買収(つまり、株式交換)を行っていくことになります。

ベンチャー企業の資本政策の作り方

資本政策は、事業計画と表裏一体です。事業を分析し、財務数値に落とし込んだ計画を立てる(売上やコスト、設備投資の見積もりを立てる)ことにより、いつ、どの程度の資金が必要になるかを把握し、そのときの利益水準から、株式価値総額を把握し、何%の株式を発行しなければならないかを把握することです。

ベンチャー企業にこそ、事業計画を作成し、それを落とし込んだ資本政策が必要です。

まずは事業計画から始めよう

新規性が高く、マーケット自体を作っていくようなベンチャー企業においては、そもそも売上の見積もりから困難であり、事業計画が立てられないとよくいわれます。

言いたいことはよくわかりますが、事業の計画がなければ、いつ、いくら必要かがわからず、資金計画が立てられず、資金調達するときの株式価値の見積もりも立ちません。

以下の図表を使って、ベンチャー企業が資本政策表を作成する方法を説明します。

ノマドジャーナル掲載イラスト(資本政策表)

  • 現時点(2019年3月末)でのオーナー一族の持株比率は73.5%。(1)
  • 2019年4月を目処に、事業上の必要資金としてベンチャーキャピタルから3,000万円(2)を1株あたり30万円(3)×100株(4)で調達しようと考えている。これを実行すると、オーナー一族の持株比率は、71.1%(5)に低下。実際の株価は類似上場会社の株価などを参考に専門家に相談し、1株あたり純利益の概ね20倍の金額を基に、投資家(VC)と交渉して決める予定。
  • 2019年6月を目処に、会社へのより強いコミットメントを期待して、オーナーと役職員宛に新株予約権を発行することを計画。これにより、潜在株考慮後のオーナー一族の持株比率は69.5%(6)となる。

こうして、事業計画を基に作成した資本政策表は、有力な経営ツールにもなります。定期的に見直すだけでも、事業の強みと弱みが把握できるのです。

巨額課税や上場失敗の原因にも?よくある資本政策の失敗事例

ここまで、資本政策表の作り方を見てきました。ここからは、ベンチャー企業が陥りがちな、資本政策の失敗事例をまとめて見ていきましょう。

起業後の新株発行による資金調達での後悔

創業当初の企業価値がまだわからない時点で、株主構成もよく考えずに低い株価での新株発行を行った。このため、株式が多数の株主に分散し、その後の経営上の意思決定において、株主を説得するため多くの時間とコストが必要となり、適宜に適切な行動ができなくなった。創業社長は結局、取締役を解任されてしまった。

上場前の株式譲渡での後悔

上場予定時期の2年前に、貢献してくれた恩人たち(従業員や取引先、親族)に報いるため、株式を実際の価値よりも低い価格で配ったが、上場審査で低価格の根拠を求められ、説明ができなかった。上場スケジュールの見通しが立たないのに恩人たちは株主として多額の税金の支払いを求められ、結果として迷惑をかけてしまった。

上場前の新株発行による資金調達での後悔

上場準備の初期段階で、身の丈に合わない高い株価で資金調達をしたが、その後、その高い株価水準では応募者がなかった。株価を下げた価格での資金調達を実行しようにも、既存株主から反対を受けてしまい、実行できなかった。このような状況から資金繰りも苦しくなり、上場を考える余裕がなくなってしまった。

ストックオプション発行での後悔

ストックオプションの税務上の対応を知らないまま、権利行使時に多額の税金が発生する形でストックオプションを発行してしまった。上場前に権利行使して株式を取得したところ、税理士から巨額の課税を指摘されたが、払うことができず頭を抱えてしまった。

種類株発行による資金調達での後悔

会社側に有利な高い株価で資金調達できると思って種類株を発行したら、提案をした投資家側に有利な取得請求権や、投資契約上の株式買取請求権などが付されていた。

よくある資本政策の失敗事例

ベンチャー企業は誰からアドバイスを受ければいい?

上場後の資本政策であれば、市場からの自己株買いにより、ある程度のコントロール(引き返し)も可能となりますし、一定の財務的視点を持つ役職員や外部アドバイザーをそろえていくことができるので、失敗をするケースはまれです。問題は、上場前です。

ベンチャー企業が事業計画を作成したり、資本政策を策定したりするためには、誰にアドバイスをもらえばいいのでしょうか。

資本政策を安定運用するために必要となる知見

事業計画を適切に作成し資本政策を安定的に運用するためには、主に以下の知見が必要となります。

  • 事業戦略
  • 財務戦略
  • 会計
  • 税務
  • 法律
  • 種類株式の各種施策と価値評価
  • ストックオプションの各種類、利用場面、価値評価

経営陣でこれらすべてをカバーできれば問題ありませんが足りない部分がある場合は、アドバイザーの起用が必要となります。

ベンチャー企業がアドバイザリーを選ぶときのポイント

項目ごとに個別のアドバイザーを起用していては、時間もコストも多くかかってしまいます。

可能な限りワンストップで対応してくれる先を見つけるのが肝要となります。

例えば、ストックオプションには税制適格というものがあり、その範囲内で発行するのであれば、顧問弁護士や税理士に相談することをおすすめします。ただし、専門家は専門性に偏りがあることもあり、専門家に相談してストックオプションを発行したのに、税制適格が考慮されていなかった、という事例も多く目にしています。

極力、多くの範囲をカバーできる専門家にご相談するようご注意いただければと思います。

監修:山田 昌史氏

株式会社プルータス・コンサルティング 取締役マネージング・ダイレクター 米国公認会計士
組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。企業研修・大学MBA講師。企業買収に係る第三者委員も務める。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、ビジネス法務第19巻第4号「法務担当者のための非上場株式評価早わかり(第4回)」(共著)、企業会計Vol.68No.5「制度の変遷で理解する株式報酬諸制度のメリット・デメリット」、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」(共著)掲載などがある。
2019年8月より京都大学経営管理大学院の客員教授に。

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