仙台市とサーキュレーションが立ち上げた「外部のプロ人材による新規事業創出プログラム」。サーキュレーションに登録する約1万名のプロ人材及び全国からの公募で新規事業のアイデアを募り、実際に中小企業の現場へ入ってもらうことで実行をサポートするとともに、その経験・知見を中小企業へ移転していく取り組みです。

4月25日、このプログラムの詳細と新規事業創出の知見を伝えるセミナーを仙台市内で開催しました。数々の新規事業を成功させてきたプロ人材の一人、大西基文氏(ネクストキャプチャー合同会社代表)による基調講演も行われ、その実体験から導き出されたノウハウに多くの参加者が耳を傾けました。当日の模様をレポートします。

「外部のプロ人材をプロジェクトマネジャーとして迎えたい」――仙台市産業政策部長・大上喜裕氏あいさつ

セミナーの冒頭では、仙台市経済局産業政策部長の大上喜裕氏が開会のあいさつを行いました。

仙台市による外部のプロ人材活用による新規事業創出事業の説明会20180425における仙台市産業政策部長・大上喜裕氏

少子高齢化によるマーケットの縮小や、深刻な人手不足、次々に起きる技術革新への対応など、さまざまな環境変化が中小企業の経営に影響を与えています。仙台市としては、そうした状況を乗り越えるためのサポートを行い、地域の中核企業を増やしていくことが重要であると考えています。

昨年度、中小企業庁から発表された『中小企業白書』によると、新規事業に取り組んでいる企業はそうでない企業と比べて増収増益を果たしている割合が多いことが明らかとなっています。しかし多くの中小企業が、必要なノウハウを持った人材を確保することに難しさを感じているのもまた事実です。特に、年収が1000万円を超えるような優れたビジネススキルを持つ人材は

首都圏をはじめとする大都市圏に集中し、なおのこと確保が難しい状況にあります。

今回のプログラムは、これらの課題を乗り越えるために仙台市が費用の一部を負担しながら、優れたビジネスノウハウを持つ外部のプロ人材に週1日から2日の頻度でプロジェクトマネジャーとして活躍していただき、新規事業への知見を企業へ移転していただくことを目的としています。新規事業をはじめたいと考える経営者のみなさまには、ぜひ本事業の活用をご検討いただければと思います(大上氏)

「プロ人材のノウハウを吸収できる体制作りを」――サーキュレーション・横谷尚祈

次に、今回のプロジェクトで事務局代表を務めるサーキュレーションの横谷尚祈が、プログラムの詳細を説明しました。

仙台市による外部のプロ人材活用による新規事業創出事業の説明会20180425におけるサーキュレーション横谷

『中小企業白書』では、中小企業の新規事業開発が進まない要因として最も大きい課題は、そのノウハウを持つ人材が少ないことだと指摘されています。サーキュレーションとしては、プロ人材の持つノウハウを中小企業へ移転し、新規事業を実行することで、先々の収益拡大へつなげていただきたいと考えています。

本プログラムでは仙台市の中小企業、および仙台市内に主たる拠点を置く企業からの応募を受け付けており、審査を経て、6月上旬に採択企業を決定する予定です。採択企業は、サーキュレーションに登録する約1万名のプロ人材や全国から新規事業のアイデアを募ることができ、実行フェーズにおいてもさまざまな支援を受けることができます。こうした一連のサービスを、仙台市の一部費用負担によって活用していただけるスキームとしました。

本プログラムを進めていくにあたり、我々から企業にお願いしたいのは「社内にきっちりと体制を作っていただきたい」ということです。外部のハイクラス人材が来ても、社内に知見や経験を吸収する体制がなければ、うまくノウハウを移転することができません。こうした体制作りも含めて、プログラムに関するご質問はお気軽に事務局までお寄せください(横谷)

新規事業を成功に導く「2つの秘訣」――ネクストキャプチャー合同会社代表・大西基文氏による基調講演(1)

続けて演台に立ったのは、ネクストキャプチャー合同会社代表・大西基文氏。数々の新規事業開発に携わってきたプロ人材から、「新規事業推進の秘訣」と題した基調講演が贈られました。

仙台市による外部のプロ人材活用による新規事業創出事業の説明会20180425における大西基文氏

私のキャリアのスタートは伊藤忠商事です。数百億円規模を投じる製鉄プラントの輸出プロジェクトに携わりました。その後はデルやトレンドマイクロで、ITのハード・ソフト両面に関わっています。また、日本に上陸したばかりの頃のAmazonに参画し、もともとは本屋だった同社の商売繁盛に向けて貢献しました。その後はクロックスなどのアパレル分野やヘルスケア分野を経て、さまざまなベンチャーの事業支援に尽力しています。

こうした経験を踏まえて、私は2つの「新規事業を成功に導く秘訣」にたどり着きました。

1つは「現状に疑問を持つ」こと。伊藤忠時代、急速にインターネットが発展して市場が変わりました。今もまさに、ビジネスは大きな変化の波にさらされています。変化に対応しようとするときに重要なのが『常に既存のシステムに疑問を持つ』という習慣を身につけておくことです。

私がデルに在籍していた頃は、PCをメーカーから直接買ったり、オンラインで買ったりするという常識はありませんでした。個人は店舗へ行って、実際に触ってみてから買う。法人ならお抱え業者から勧められた機種を買うというのが当たり前の時代だったんです。しかし私はその常識に疑問を持っていました。「便利で良い製品だということが分かっていれば、手間なくオンラインで買いたいという人もいるのでは?」と。そこで実際にやってみると、お客さまは動きました。

2つ目は「お客さまの立場から逆算すべし」。自分たちの頭の中だけで「これは良い製品だ」と考えるのではなく、いかにお客さまに喜ばれるかを考えるということですね。Amazonの企業理念がまさにこれなんです。『地球上で最もお客さまを大切にできる企業であること』。会社内のあらゆる部門が、何か行動を起こすときにはお客さまの立場で考えることを徹底しています。

Amazonにおける「常識に対する挑戦」は、書籍をオンラインで買うわけがないという思い込みを排することでした。「本は立ち読みして気に入ってから買うもの」という常識を変えたわけです。アメリカは国土が広大で、地方では書店へ行くのに車で3時間かかる場合もあります。そんな地域のお客さまに対応することから始まり、都市部でも一気にECの需要を開拓して、書籍だけでなくCDやDVD、ソフトウェア、ゲームや家電など、取り扱い商品がどんどん広がっていきました(大西氏)

新規事業を成功させるためのマインド――ネクストキャプチャー合同会社代表・大西基文氏による基調講演(2)

世の中で実際に成功した新規事業の例についても取り上げてみましょう。例えば「ノンアルコールビール」。この画期的な商品が満たしたニーズとは何でしょうか?

この市場にかつて存在した商品群を、「ビールらしい味、ビールと違う味」「アルコールあり、アルコールなし」の2軸で考えてみると、「ビールらしい味でアルコールなし」の領域はずっと空白だったことが分かります。ここに最初に気づいたのがキリンビール。他のメーカーは気づいていなかったか、もしくは気づいていても手を付けていませんでした。

実際にキリンがこの領域で商品開発をすると、非常によく売れました。ビールが飲みたいけど運転しなきゃいけない。ビールが好きだけど妊娠中だから飲めない。市場にはいろいろなニーズがあったのです。キリンビールは既存商品の売り上げ毀損を厭わずに、あえてチャレンジしたことで、この新たな市場を切り拓くことができました。

空白領域に新しい商材を投入する場合は、基本的に既存製品とのバッティングは起きません。むしろ市場そのものが広がっていく傾向にあります。こうやってお客さまの潜在的なニーズにアプローチしていくわけですが、『まだ誰も手を付けていない』領域で新規事業を立ち上げるとなると、社内からは慎重な意見が出がちです。そこに対してどんなデータを示し、どう説明するかも、新規事業担当者には求められるでしょう。

似たようなケースで、世界最大級のゴルフクラブメーカーの例があります。この会社はかつて、10年間で100倍以上という驚異的な売り上げの伸びを記録しています。当初はメタルウッドやアイアンなどがメインでしたが、10年後にはボールやアクセサリー類などの売上比率が大きく伸びていました。

この会社の場合は、『ゴルフ』を軸に新規事業を展開していったわけです。実はそれ以前にゴルフスクールやゴルフ場経営にも参入していましたが、後に撤退しています。『ゴルフグッズ』のノウハウは豊富に持っていたものの、他のノウハウはなかったんですね。これは、自社との関連性が低い領域や、自社のノウハウを生かせない領域で新規事業を仕掛けてもなかなかうまくいかないという分かりやすい例だと思います。

それでは、新規事業を立ち上げるにあたり、どのような切り口でその可能性を評価していくべきなのでしょうか。ここに判断軸の例として『6R』をご紹介します。

  • Realistic Scale(市場規模は十分にあるか?)
  • Rate of Growth(その市場で勝てるだけの成長性があるか?)
  • Rival(競合状況は?)
  • Rank/Ripple Effect(顧客の優先順位は? 世の中を便利にし、喜んでもらえるか?)
  • Reach(実際に到達可能か?)
  • Response(反応や効果は測定可能か?)

新規事業のプロ人材はこうしたロジックを武器に、「これでいいのかな?」「このままでいいのかな?」という疑問を持ち続け、データやファクトをそろえて、信念を持って周囲を動かしていきます。これが新規事業を成功させるためのマインドです。外部のハイクラス人材が加わることで、仙台市の企業のみなさまにも、このマインドが移転されていくはずです(大西氏)

少しの機転で「今ある売り物」に付加価値をつけ、新規事業が成り立つことも――サーキュレーション執行役員・福田悠

最後のパートでは事業講演として、サーキュレーション執行役員の福田悠より「新規事業における外部のプロ人材の活用法」をお伝えしました。

仙台市による外部のプロ人材活用による新規事業創出事業の説明会20180425におけるサーキュレーション福田

我々は中小企業とプロ人材をつなげていく仕事をしています。現在登録していただいているプロ人材は約1万名。机上のコンサルティングを行うだけでなく、ご自身がビジネスの現場で味わった苦労も踏まえて、現場レベルでのサポートができる方々ばかりです。

建設業や製造業の現場で長年経験を積んだ50代・60代のプロ人材、AIやIoTといった新しい野に明るい20代・30代のプロ人材など、その顔ぶれは多彩です。基本的には全業種の方がいると思っていただいて構いません。

そんなサーキュレーションの事業における最大の特徴は、『プロ人材の働き方』です。全体の7割は個人で独立して働いている方。そのため、週4日東京で働いていても、週1日は仙台で働くことが可能です。残り3割は会社を経営していたり、副業・兼業で週1日だけ活動していたりといった形です。

今回のプロジェクトのポイントは、この1万人のデータベースを活用し、新規事業のアイデアを募集する『アイデアフラッシュ』にあります。しかしこれは一つのフェーズでしかありません。その後の実行については、別のプロ人材が支援する可能性もあります。広くアイデアを求めるプラットフォームとして、あるいは実際に新規事業を推進するためのコア人材として、企業さまのニーズによってさまざまな活用方法があります。

いくつか実例もご紹介したいと思います。野球場やサッカー場などのスポーツ施設を運営する中堅企業さまの例では、アイデアフラッシュを活用し、『スマート化』『IoT化』といったキーワードのもとで保有する施設の魅力をより訴求していくためのアイデアを募集しました。1万人のプロ人材から約100件の提案が集まり、企業さまと一緒に吟味して、2〜3の案に絞って具体的な検討に入っています。

新規事業がスタートしてからの支援事例もお伝えしましょう。

1つ目の企業は和菓子屋さんです。飴を作っている企業で、これまでは主に百貨店で販売していました。新たにEコマースで展開すべく、既存商品を新規市場へ売り出す支援を行いました。支援したプロ人材は、食材をEコマースで販売した経験のある方です。週に1回、この企業さまへ入り、実際のEコマース売り上げ拡大に貢献していただきました。

2つ目は運送業の企業さまです。資産として保有している倉庫の空きスペースを有効活用できないか検討していました。ここにはロジスティクス分野のプロフェッショナルの方が週1回、支援に入り、倉庫自体をどんな風に有効活用するのかを考えるところからスタートしました。現状では、それだけでもビジネスが成り立つような段階まで成長しています。

最後は、名古屋にある中華料理店です。味に定評のあるチャーハンを冷凍食品として売り出したいと考えていました。まったく新しい事業ではありませんが、自分たちの商品に一手間加え、

新しい価値を持たせて世の中に送り出していったわけです。この企業さまは、実はすでにこの事業に取り組んでいました。しかし、チャーハンを冷凍食品にする技術ノウハウがないことに困っていました。ここには、もともと味の素で冷凍チャーハンを作っていた経験がある方が入り、生産ラインの検討から始め、10カ月で商品化に至っています。

このように、中小企業でも少しの機転を利かせ、『今ある売り物に付加価値をつける』ことで新規事業が成り立つこともあります。アイデアフラッシュの仕組みによってそうした案自体を生み出すことも可能でしょう。自社での新規事業を本気で成功させたい企業さまへは、ぜひ全力で支援させていただきたいと考えています(福田)

説明会終了後の個別相談会にて

仙台市による外部のプロ人材活用による新規事業創出事業の説明会20180425における

セミナー終了後には、参加企業さまが大西氏やサーキュレーションのメンバーを交えて個別相談を行う姿も見られました。この場所から、仙台発の新規事業が生まれていくのかもしれません。

取材・記事作成:多田 慎介