組織の文化醸成によって作りだされる会社組織のガバナンスとは
企業における文化、すなわち企業文化(あるいは組織文化)とは、企業組織においてその構成員間で共有されている行動原理や思考様式のことをさします。企業文化が適切に醸成されていく状況であれば、組織のガバナンスに対して自浄作用が機能することでしょう。また企業文化は、社外からその企業を想像した時の印象にも結びつきます。すなわち、企業の文化醸成を正しく行うことは、企業ブランディングにも左右するということです。ここでは、その文化醸成について各企業での事例を元に深掘りしていきましょう。
企業文化とは
価値観や行動規範
企業文化とは、組織の構成員間で共有されている独自の価値観、規範のことを指します。意識的・無意識的な前提条件、ルールも企業文化に含該当します。企業文化(あるいは組織文化)は、経営コンサルティングが多用する経営学用語でもあります。アメリカボストンを本拠地とするコンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーの「経営管理の手法と傾向に関する世界調査」によると、この企業文化は企業戦略と同等に重要だという結果が発表されています。
価値は、物事の善悪、大切さの基準であり、規範は、構成員すなわち経営層や従業員がいかに行動するべきかのルールです。近年では、その企業内だけではなく社外からの見え方も含めてその企業の文化とみられるケースも増えてきています。
企業文化の機能としては、以下の4つがあげられます。
- 組織内のマネジメントを容易にする機能
- 組織内の情報伝達をスムーズにする機能
- 構成員を内面的に動機付けする機能
- 組織に対する信用、信頼を形成する機能
企業文化がもたらす影響範囲
このように、企業文化を醸成することで複数の機能、効果が得られることがわかります。企業文化は各企業での共有の度合いに違いがあるものの、どの会社でも企業文化が存在しないということはありません。
では、それぞれの機能とその影響範囲についても細かく見てみましょう。
マネジメントの容易化
会社組織を維持する上では、従業員の管理が避けられません。指揮統制志向のコントロールの考えでは、現場に近い中間管理者、下位管理者や従業員を「作業者」として扱います。この体制を維持するためにはさまざまな規定を細かく定める必要があり、継続的な更新も求められます。一方、いわゆる会社のルールを細かく設定するには限度があり、規定が増えすぎると社員も「縛られている」という印象が強くなってしまします。
そこで、企業文化によって方向性を示すことで、あれこれと細かく規定に盛り込まずとも、従業員自身で考え行動することができるようになります。そうなると管理のための業務を低減することができると同時に「良い方向」に文化をなびかせることができるようになります。
情報伝達の円滑化
萎縮した組織では活発な情報のやりとりがそがれ、トラブル発生の際に発見や一次対応の遅れが出てしまうことがあります。上司部下の関係性によって、本来現場から発信されるべき情報が滞ると、業務効率は悪化します。
逆に、部署やチーム間での活発な情報伝達、共有がある組織や、健全な双方向の意思疎通や情報の引き出し、吸い上げができる組織であれば、作業の重複、無駄を排除することにもつながるほか、問題発生時の早期発見に繋がります。
従業員の動機付け
従業員に対する「動機付け」すなわちモチベーションが企業文化に作用すると言われています。社員のモチベーションを向上させることは、組織の活性化、生産性の向上点で企業価値を高めます。
社員がモチベーションの低い状態の時に、将来への不安を抱く状況に陥れば、所属する会社への不信感に発展して離職することにもつながりかねません。しかし企業文化が健全な状態である時は、ポジティブなエネルギーが良い結果を導きます。社員も前向きに業務に取り組むことが可能です。
社外への信用・信頼
これまでの考え方では会社文化とは、組織の内部でのみ通用する概念でした。しかし近年、そのような限定的だった社内の事情は、SNS等の情報ツールの浸透によって社外へも簡単に、かつ短時間に飛び越えてしまうのが実情です。
そして各企業の生み出す製品・サービスを受け取ったユーザー(顧客)は、単にその製品・サービスへの満足度を求める時代から、それらを生み出した企業に対しての信用・信頼へと広がってきています。
社風と企業文化の違い
企業文化と同様の言葉として「社風」があります。日本では「社風」の方がより馴染み深いかもしれません。
企業文化は構成員が互いに認識していることであるのに対して、社風は、従業員が会社について感じている雰囲気や空気感であり感覚的な表現として捉えられます。
社風は「かっちりしている」「社員同士の仲がよい」「スポーツ精神が盛ん」といった感覚的な表現がされます。また、社風は社外からの見え方としてもよく使われます。とりわけ採用おいては、求職者がその会社がどのような雰囲気なのかを知るための情報とも言えます。
組織(企業)文化の体系的分類
(旧タイトル:ディールとケネディによる組織(企業)文化の体系)
『シンボリック・マネジャー』 (原題:Corporate Cultures:ディール&ケネディ・城山三郎訳) によると、組織は4つの象限に分類できるといいます。この分類では、縦軸にリスク、横軸に投資に対する成果取得の時間軸を置いています。
このように企業文化の傾向をとらえる上でリスクと時間の観点は大切な要素となっています。それでは順を追ってそれぞれの象限を見てみましょう。
逞しい、マッチョ文化
化粧品、経営コンサルティング、広告といった業種の企業文化です。高リスクですが比較的短期間決戦の業種です。消費者の移り変わりやニーズの変化がダイナミックでありスピード感を要する業界です。競合との競争が重視されますが、個々人の力量も成果に反映されやすい傾向があります。
会社を賭ける文化
投資銀行、石油会社、航空機メーカーなどで見られる企業文化群です。大きな投資に対してその結果の獲得にも時間を要します。社会の基盤、インフラとなり得る業種ながら、技術革新によって大きく時代単位に変動する可能性がある業種です。じっくりと腰をすえて集団で取り組むため、行動は慎重になります。
よく働き、よく遊ぶ文化
不動産、自動車販売、ITなどの業種で見られる文化です。スタートアップ、ベンチャー企業に多く見られる傾向があり、スタッフ間の一体感、チームワークが重視されます。
手続きの文化
金融、保険、公共、官公庁を相手にした業種で見られる企業文化です。歴史が長く、社会的認知度も高いレガシー企業はこの傾向が強いです。ミスのない完璧な仕事が求められます。
企業文化を経営に活用する効果
文化醸成と企業ブランディング
経営学の教科書では企業文化は社内文化に限定した用語として定義されてきました。しかし近年では、この企業内での企業文化が外部、顧客などにも浸透するようになってきています。
その企業を外側から見た時、すなわち企業ブランディングの観点でも文化醸成は有効です。その背景としては、SNSなどの情報ツールの発展により生活者側からの情報発信が活発になってきたからと言えます。企業に所属する社員のみならず、商品を購入した顧客がお客様対応から感じたその企業へのイメージは、SNSを通じて拡散する時代になってきています。そのため企業文化を大事に育てていくことは、結果として企業ブランディングにも寄与することになります。
端的に言えば、企業ブランディングとは、会社自体の存在を社会に認知してもらうための活動です。具体的には企業が掲げるミッションステートメント、インターネットなどのメディアから発信する情報の受け止めまで及びます。そして受け止める側にとってみれば、一方的な企業から発信される情報だけではなく、第三者からのその企業に関する情報もまた、企業ブランディングに影響を与えます。
ガバナンスの自浄作用
経営層が好む前向きな方向性に従業員の意識が一致すれば、組織は自浄作用が促進されます。
社員自らがこの文化を意識することで、「これは我が社らしくないな」「これはうちの会社っぽい」といったマインドで行動、判断を自律的にとることができるようになります。一方で誤った方向性の文化が醸成されてしまえば、当然、負の方向に左右されてしまいます。
先ほどご紹介した企業ブランディングの側面を見ても、第三者からのその企業に対する情報は社会に大きな影響を与えます。この客観的な視点によって捉えられた企業文化は、企業にとってみれば不本意な結果となることも否めません。特に従業員が引き起こしたトラブルについては、会社全体の姿勢として評価される状況となっています。
組織の文化醸成がガバナンスにも影響
社内がよい文化で満たされていると、組織のガバナンスにも良い影響を与えます。企業のビジョン、ミッション、社是といった定義は現在、広く企業で採用されています。それらの概念的なルールをはじめ分解された行動規範、社内ルール等、業種業界によって様々なものが存在します。
これらの企業文化は、前述の通りうまくはたらくとこれらの細かな社内ルールを規定することなく、会社全体が良い方向に向かわせることができます。
反面、組織に蔓延するマイナス要因が積み重なると、トラブル発生時の対応で状況が悪化するリスクが高まります。
企業文化を社外アピールすることで採用ミスマッチを防ぐ
採用する人材が既存の企業文化とマッチするかは重要なポイントと言えます。文化に馴染む人材なのかという点が、離職リスクの低減や業務効率にも影響を及ぼします。これは個々の能力の高低とは関係ありません。これまでの業務経験から即戦力を期待することも重要ですが、なにより既存のスタッフとの業務遂行が円滑に進まないことには、効率の観点からも決してなおざりにはできません。
一方で大量に外部から採用を実施し、既存の社員の割合に対して一定割合が新たな社員となった場合、これまでの企業文化はガラリと変わるとも言われています。あらたな時代を築くために、これまでの文化と決別し、時代の変化へダイナミックに順応することが企業の成長には不可欠です。
文化醸成の方法
社風については、どちらかというと社外からみた会社へのイメージですが、企業文化については、企業内部で意図的に創り出すことができます。企業自らが制御できるという意味では、企業文化はひとつの経営資源と言えるかもしれません。企業の工夫次第で良い企業文化を醸成し、売上収益の向上につなげることができます。
文化を創り出す要因は人であり、人は時代によって変化します。また、企業文化の醸成に終点はなく、時代によって改善し続ける性質もあります。
企業文化は業種によらずあらゆる領域で有効です。特に顧客が一般消費者であるBtoCビジネスにおいては、この文化醸成が競合優位性にかかわることも少なくありません。企業がこの文化醸成を活用している事例をご紹介していきましょう。
星野リゾートとユニクロに見る企業文化の活用事例
星野リゾートの社員教育は文化醸成が出発点
星野リゾートへ入社すると、まず受ける社員教育の中で「文化とは企業にとって重要な要素であり、会社は『環境』を従業員に提供する」ということを強調しています。
そのうえで職場環境をフラットな組織と言い、上司部下の関係なく課題解決のための議論が交わされることを推奨しています。また、各現場のリーダーとなるディレクターは、希望する従業員からの立候補によって選定されるのが原則です。入社時の教育をとおして「星野リゾートにおいて文化醸成は会社からの一方的な従業員への期待ではなく、従業員自らが創っていく」という認識を学びます。
企業文化の醸成が企業ブランディングに寄与
従業員自身による環境整備を経営方針で強調する星野リゾートにおいては、従業員一人ひとりの自律的活動の結果が顧客へ提供する商品・サービスのブランディングに大きく貢献しています。細かな社内規定を定め、やってはいけないことで従業員を管理するのではなく、会社の目指す方向性を示すだけで現場が自ら発信し動く組織になっています。そのため、ハードウェア的経営資源に頼ることなく業績成長を実現できる組織になっていると言えるでしょう。
代替わりで企業イメージを一新
枯れゆく温泉旅館の復活劇としてマーケティング業界でも度々注目されている星野リゾート。その起源となる星野温泉から数えて4代目社長である星野佳路氏の経営手腕は、ホテル経営として世界的に有名な北米コーネル大学ホテル系大学院で学んだ著名な経営学者の教えが参考にされています。
この教科書的なマーケティングの実践に大きな障害となったのが、いわゆる日本の温泉旅館の経営手法です。温泉旅館に限らず、旧来とは異なる手法を取り入れるには、かなりのエネルギーを伴います。そのため、社長就任してまもなくの星野氏はまさにこの現場課題に直面し、結果的には星野氏の方針に馴染めなかった従業員は旅館を去っている、と本人の著書で語られています。
歴史ある家業を守り抜くうえで辛い決断を伴いながらも、今や海外リゾート展開まで実現する優良企業へと変貌した星野リゾートの根本は、この企業文化によって支えられています。
社員教育の根本は文化醸成から
星野リゾートでは、「あなたはタバコを吸いますか?」の質問が採用サイトに現れ、タバコを吸うものは採用試験にエントリーできません。実際の職場においても、休憩中も含めて喫煙することは許されません。
目的は非喫煙者との業務効率の違いを排除することにありますが、このような採用サイトでの仕掛け自体が、まさに星野リゾートの企業文化を表していると言えます。
また星野リゾートは、「フラットな組織」や職場のリーダーは立候補制であることなど、風通しのよい自由な雰囲気を社内外にアピールすることで、求職者の増加にも貢献させています。
星野リゾートに入社すると、前述のとおり「文化」についての教育が行われます。「文化とは何か?」という問いかけに始まり、企業文化がいかに企業の成長に重要であるかを学びます。社員への教育の一環となっている文化醸成ですが、この取り組み自体がメディアに取り上げられた結果、企業ブランディングとしても、「革新的でアイデアに溢れている元気な企業」という印象を社外に対して与えられています。
旅館・リゾートでは企業ブランディングが商品ブランディングに直結
旅館業は装置産業の典型であり、その装置である建物施設、客室などから売上が創出される業種です。そのため売上と装置の相関は高く、事業の継続、成長のためには中長期的な設備投資が欠かせません。
サービス業の装置産業である旅館・リゾート経営においては、このようなハードウェア資源が経営に直結すると同時にソフトウェア資源の経営インパクトも高い特徴があります。顧客へ直接サービスを提供する従業員が売上に貢献し、この付加価値を高めることでハードウェア的資源に依存しない経営が可能となります。
付加価値を高める方法の一つとして商品・サービスブランディングが有効です。競合とさして変わりのない商品であったとしても、ブランディングによって提供価値を高めることで収益性を向上できます。社外からの印象がよければ、その会社や提供サービスへの期待値が高まり、「この金額なら払ってもよい」という価格に対する受容度が高まります。
ブランディング活動によって競合優位性を高めることで、客単価の改善、空室率低減、回転率の向上など多くのプラス要素を得られるようになります。
提供されるサービスの満足度を向上するためには当然、従業員の意識が重要であり、その原動力とも言えるのが企業文化となります。従業員の中に「高品質のサービス提供を提供したい」という意識が芽生えることは、その実現に直結するからです。星野リゾートの社員教育で企業文化を大切にしている背景として、企業ブランディングの醸成を図っていることは必然と言えるでしょう。
このようにハードウェア的環境ではなく、ソフトウェア的環境整備によって、企業生産性を高めている点は他社からも一目置かれる存在となっています。
ユニクロが目指す全員経営と文化醸成
トップダウンのマネジメントからボトムアップへと変革している企業も現れています。ユニクロでは「全員経営」「社員は社長」というキーワードで表されるように、経営層ではない一般社員も経営的観点を持ち、業務に取り組むことで結果、業務効率を高めることを目指しています。社員一人ひとりが経営的感覚を持つためには、会社はそのための環境を整備していく必要があります。人事制度、給与規定はもちろん、チーム組織の見直しから事務所内の机の配置に至るまで、その手法は多岐に及びます。
その中でも取り巻く文化、意識作りはその根本的な取り組みになりえます。社員の自律が促進することで、結果的に経営的意識が個々人に芽生え、全員経営という文化が定着していくことになります。
文化醸成は企業戦略と並んで取り組むべき
企業が社内に向けて直接的な管理業務として社内規定の策定、マネジメント体制の構築があります。企業文化情勢はその対角にあります。企業文化の醸成は、間接的なコントロールによって企業の成長を促す取り組みと言えるでしょう。築き上げたら終わりということではなく、常に文化は変化し続けるものなので、悪しき文化は早期発見と対策が不可欠です。そして時代の変化に感度良く反応しながら社内外の関係性を高めていくことで企業戦略と合わせて取り組むべきと言えます。
企業文化とは決して悪しき風習を語ることではありません、経営層と従業員双方にとってのみならず顧客や社会といった波及するものであり、企業活動には欠かせない重要な要素なのです。
参考
- 「経営」/三重銀行
- 「マネジメント・コントロールの動機づけへの影響に関する定量的研究-自己決定理論と文化的自己観を中心に-」/堀井 悟志
- 「社員教育はしません。でも世界で通用します」――星野リゾート、自立したチームをつくる「超オープン戦略」
- 「企業におけるモチベーション向上策の活用~企業価値の向上に向けて~」/MS&ADインターリスク総研株式会社
- https://globis.jp/article/2158
- http://workmill.jp/webzine/20160927_report6.html
- https://bizhint.jp/keyword/14248
- https://www.slideshare.net/yasushihara/a-515-ii
- http://www.econ.tohoku.ac.jp/~fujimoto/soshiki%201-3.pdf